第十一話 カッコつけたい無理したい
「魔王の素となる小さき魔物。踊れや舞えや、吸魂のロンド」
魔力が発生し始めたと同時に、足元が六芒星の魔方陣へと変化する。
「ったく……こういうのって男の子の仕事じゃないの?」
月雪は文句を垂れながらも、俺のすべきことをわかってくれている。
「ブラインドミスト!」
いよいよと大きくあけたコンガの大口へ月雪が灰色の煙を指先から噴出させた。口から入り、鼻へと通り刺激を生む。人間と似たような構造をしているのだから、当然の如く涙目になり咽てしまった。
「いずれは万物を掴むであろうその御手よ、懸命に羽ばたくがいい痩躯なる羽!」
大きく息を吸って、俺は魔力をこめた。
「出て来い! 小悪魔、プチデーモン!」
最下級の使い魔呼ぶのにどんだけ時間かかってんだって話だよな。
詠唱が終わると同時に、俺は六芒星の中心部に手に集中させた魔力を叩き込んだ。
すると、地に描かれた線が激しく発光し、情けない音を立てて煙を生み出した。
この時点で既に体の負担は始まる。呼吸をするために稼動している肺がズキズキと痛んできた。
だが、これで召喚は成功。
出てきた煙は小悪魔の形をつくり、しっかりと俺たちの前へ顕現してくれた。
真黒い肌を覆う艶のない体毛。ヤギと同じ小さな二本角。蝙蝠のような羽根と痩せ細った体。両手両足の指は長く、爪も汚らしいがとても鋭くて、先っぽが三角形に尖った尻尾はどの動物とも似てはいない。瞳孔が見えない真っ赤で尖った目と大きな口は、たしかに将来大悪魔になれるんじゃないかと思わせる醜悪っぷりだった。
「うわ……気持ちわる……」
「気持ち悪い言うな! こいつだって生きてるんだぞ!」
俺の怒りを反映するようにプチデーモンも人語ではない何かを口から放って抗議した。
「いいから早くなんとかしてよ!」
「わかってる」
俺がきっと睨むと、プチデーモンも睨んだ。視線の先は涙を流しながらこっちを憤怒の表情で見ているアイアンコンガ。どうやら落ち着いてしまったみたいだな。
けど、遅かったね。もう少しだけ早かったら俺たちもやばかったかもよ。
「いけ、プチデーモン!」
俺が手を突き出して命令すると、小悪魔は命令に素直にしたがい前へ飛び出した。
そしてアイアンコンガの豪腕を難なくかわし、開いたわき腹へ爪を立て、思い切り突いた。
固そうな皮膚を体毛ごと貫き、アイアンコンガの体から赤い液体が吹き出る。致命傷には違いないが、致死はしていない。そこへ更なる追い討ちだ。よろめいている太い首へナイフのような鋭利な牙で噛み付いた。
大きくコンガが鳴き叫ぶ。もう殴る力は残っておらず、がくっと膝を折ると一帯の大地を震動させて倒れこんでしまった。
もう二度と動かないだろうか、とプチデーモンに確認させたがこちらを見て大きく頷いてくるだけ。
「おし、お疲れさん」
と言い、俺は両手をパンっとあわせた。
すると、プチデーモンはくるっと宙で一回転してから煙と共にどこかへ消えてしまった。
こういう所は魔法使いっぽいが、俺の実力ってわけじゃない所がやはり残念だ。
「……結構えぐい倒し方するのね」
死んだコンガの傷跡を横目で見ながら月雪がこちらへ来る。表情は少し引きつっていた。
「ま、これくらいしかできない使い魔だから……ね……」
「天神?」
召喚を終えたと同時に俺は膝をがっくりと地面へつけてへたり込む。
肉弾戦しか出来ないような超程度の低い悪魔といっても、立派な使い魔なんだ。やはり、野犬レベルの魔法生物よりは断然力はある。なので、それ相応の体力と魔力は奪われてしまうのは当然だった。
全力ダッシュをした後に、大量に消化の悪いものを胃へ流し込まれるような、いかんともし難い不快感が俺を襲う。
「召喚魔法って体力も消耗するのよね……大丈夫?」
「あんまり……」
出来るならそのままベッドで寝てしまいたいくらいだ。呼吸音がゼーゼーいうのは久しぶりの体験だな。
「ちぇっ……」
ふと見上げた視界に映った現実を見て俺は軽く自嘲する。
……折角二人で初めて共同作業をして、初めて敵らしい敵をやっつけたというのに……。
「状況ってのは……好転しないもんだな……」
「何を言ってるの?」
と月雪は俺の視線の先を見つめる。
そこにいるのは、先ほどと同じ格好の魔法生物、アイアンコンガだった。
けれども、大きさは全然違う。きっと今さっき倒したのは子どもだったんだな。二周りくらい大きなアイアンコンガが樹上から落ちてきた。
轟音と共にやってきた親コンガの表情は怒りで塗りつぶされている。我が子がやられたら人間でなくとも、そりゃそうなるよね。
「ちょっ、ちょっと、どうするのよ……?」
「悪いね……俺の今の魔力じゃ……一回しかあいつを呼べないんだ……」
「じゃ、じゃあ……」
「親子連れとは……計算外だったわ……すまん」
「天神……」
月雪は泣きそうな顔で俺を見ている。なんだ、そんな可愛い顔もできるんじゃないか。
こんな収穫があったのなら、今回のテストをやった意味は十分あったかな。
俺は最後の力を振り絞って立ち上がる。
「月雪は先に行ってくれ……それか、リタイア宣言して戻ってもいいぜ……?」
「な、何バカなこと言ってるのよ!」
最後くらいはカッコつけさせてくれよ。俺はあんまり夢見がちな性格じゃない。出来ないことははっきり出来ないと考える人間なんだ。
だからせめて、俺だけが失格となってしまうくらいのカッコつけはしても良いんじゃないか。
どっちにしろ俺がリタイアすれば月雪も自動的にアウトだが、二人揃って脱落よりはマシだろ。
コンガは唸りをあげてこちらへ向かってくる。やったことないが、番号入替決闘のような感じで終わるのだろうか。
うわー、あのぶっとい腕で俺の首捻られたらすぐもげそうだな。
怖い。
痛いのはいやだ。
でも…………。
「景っ!」
月雪が最後に俺の名前を叫んだ。なんだかむず痒いな。
でも、意外に良いかもしれん。
子供と同じように振りかぶった腕を見て、俺は目を瞑った。
……。
あれ、おかしいな。もうとっくに殺されているはずの時間なのに……。
俺の体は間違いなく直立している。
何故?
目を開けてみる。
俺の体操服が返り血で真っ赤に染まっていた。
「なんだ!?」
目の前には首と胴が離れてしまった親アイアンコンガが横たわっている。
そして活動停止した胴の上に立つ男子生徒が一人。
「怪我はないかの?」
朱に染まった日本刀を肩に乗せて、驚くほど真っ白な歯を見せて笑う彼は、まるで正義のヒーローのようだった。




