第九話 やはり中間テストも普通じゃなかった
いきなり科学の授業で痒みに聞く魔法薬を作らされたり、魔法力の発生源を数式で紐解く数学の授業があったり、歴史や魔法の歴史などを学ばされる日本史ならぬ魔法史の授業があったり。
比率的には8対2くらいの割合で魔法と通常教科が盛り込まれた時間割を、ヒーヒー言いながらもこなしてきて一ヵ月半が経った。
知識は人並みになってきたと自負してもいいとして……それでもやはり他の人との差は歴然としている。一年生のうちにやっておくべきはずの、基礎魔法訓練を受けていない俺は様々な点で劣等感を抱くことになった。
することなすこと魔法が絡んでくるものだから、他の魔法が使用できない自分はただ見ているだけという場合が多い。
先生も俺が召喚タイプとわかっているし、転科生ということなども承知しているからそこまで厳しくは言ってこないが、それでも指をくわえてみているのは辛いものがある。
俺だって、好きな魔法を使用して十メートル先の的に当てる正確さを修練する授業や、様々な魔法を使って天も地も両方がフィールドとなるサッカーとかやってみたかったさ。
これが校長先生の言っていた『みんなが魔法使いになっていく中で楽しみを見出せない』という状況か。せっかく知らない世界に入れたというのに、やれることが普通の高校生と同じだなんて、あんまりじゃないかと思う。
「だからこそ、今日の中間テスト頑張って学籍番号を底上げするんでしょ?」
「わかってるよ」
例の如く、わざわざ家の前まで来ていた月雪さんと登校し決意を固める。
通常科目の方は、どこも同じように事前に先生が決めた範囲を勉強してくるというものだが、魔法科目の方は勝手が違う。
なんと、当日になるまでテスト内容が明かされないというのだ。
だが、完全なる抜き打ちというわけではなく前日になると担任の先生がヒントをくれるらしい。
そのヒントとは、用意すべき持ち物を教えてくれるというものだ。
毎年考査内容は違うけれども、噂で耳にした先輩情報も当てにはならずとも遠からずらしい。
少なくとも、その持ち物がテスト内容と大きく関係するということだけはゆるぎない真実だそうだ。
さて、そんな重要なヒントである持ち物だが……。
担任の先生はなんと、『食料』を持って来いというありがたい助言を授けてくださった。
ぶっちゃけると意味がわからない。クラスのみんなもその時ばかりは疑問符を頭に浮かべていた。
なぜテストで食料……?
遠足のおやつほど少なくもなく、心配ならば普段の昼食以上に持ってきたほうが良いとのことだった。
また、テスト時の正装は体操服らしい。家を出る前まで忘れていたので慌てて着替えなおしたよ。
「一体何をテストするのかしら……?」
今日の月雪さんは最初から制服ではなく真っ白な半袖の体操着に紺色の短パンだし、普段の学校推奨ボストンバッグではなく少し小さめのナップサックを背負っていた。中には昼食と栄養効率の高いものを詰め込んできたらしい。俺も鞄に入れているのは似たようなものだ。
「遠足にでも行かされるんじゃないかな」
「テストで? それはないでしょ。第一、結界の中でそんなことが出来る場所なんてないわよ」
「んじゃあ錬金魔法でもやらされるのかな? 持ってきたものを別のものに変えてみせろ、とか」
「いくら抜き打ち同等って言っても、習ってないことはやらないはずよ。錬金魔法なんて三年生でやる分野だからそれはないわ」
「なら……先生がみんなの昼食を食べ比べて、おいしかった人が成績優秀者とか?」
「料理学校にでも通ってなさい。第一、親が作ってくる家もたくさんあるでしょうが。とにかく何が来ようと、いい結果を残せればそれでいいわ」
俺のモチベーションはここ最近、下降気味だが月雪さんは相変わらず。
通常科目の方は俺が何度も何度も教えてあげているくらいなのだけれど、魔法科目に関しては彼女の方が何倍も手練れだ。
ほとんどの先生方にも、俺の処罰内容は聞き渡っているようになったので、きっと試験も彼女と共に受けることになるだろう。
とにかく、俺には実戦経験がひたすらに足りていない。まだ月雪さんも使用に足る魔法が放てるほど魔法力も戻ってはないのだが、実戦の中で培った知識だけは非常に当てにしている。
学校に着くと、やはり試験内容に関してみんながあれこれ噂を立てていた。試験日に落ち着きが無いのは、どこも一緒みたいだな。そりゃそうか、結局は同じ高校生が籍を置いているんだもんな。
単語帳を開いてギリギリまで予習、なんてことはしない。何が来るかわからないのだから、それに対する身構えだけをしていれば良い。俺は机に座ってリラックスして先生の到着を待った。
「初めてのテストだってのに随分落ち着いてるね、景ちゃん」
「落ち着いているんじゃなくて、落ち着かせているだけだよ」
少し遅れて登校してきた智佳も、表面的に見ればとてもリラックスしている。動くのを想定しているからか、ポニーテールにしている所がいつもとの相違点だろうか。持ってきた鞄も俺と同じようなサイズで、中身はお菓子がたくさん詰まっているそうだ。
「いやー、そりゃ何でも持ってきていいってんなら何でも持ってくるさ~。うまえ棒でしょ、十円があるよでしょ、フェリップスガムでしょ、ラムネフォーティーでしょ」
「ものの見事に駄菓子ばっかりだな」
「そして今回の大目玉がこれ! ねるねるねーると! 最高額の126円!」
「水はどうす……あぁ、お前なら問題ないか」
「天掴女だからね! 水くらいは出せるよ!」
「魔法使いってのは、ほんと便利だな」
「何をおっしゃるのさ、景ちゃんももう立派な魔法使いでしょ? 必死こいて使い魔探して、やっと一匹だけ呼べるようになったんだもんね」
頬杖をついてため息をつく俺を慰めてくれるのは普通に嬉しかった。
番号と保有限界魔力は連動しているといっても、全く修練がつめないわけではない。集中力や持続力などを高めれば、たとえ低い番号でも多少は保有魔力に補正が働く仕組みになっている。
そして智佳の言うようにみんなの協力を経て、俺もそれなりに努力して、なんとか一匹くらいは使い魔を呼べるようになったが……まだ召喚するのに非常に時間がかかる。
加えて、想像していたよりも体力の消耗が激しい。魔力が高まれば体力の消費を抑えられるらしいが、ビリの俺にはまだそこまで魔力が働いてくれないみたいだ。
ちなみに出せるようになったのは『小悪魔』という幼児くらいの大きさの最底辺ランクな悪魔なのだが、それでもありえないくらい体力をもっていかれる。
一応スポーツマンだったからスタミナには自信があったのに、数秒召喚しているだけで何キロも走らされたような倦怠感が体を支配してしまうのだ。だから出来るならば召喚はせずにクリアできればいいのだけれど……。
「あ、先生来た。じゃ、また後で!」
花丸笑顔で手を振り、智佳は自分の席へ戻っていく。
まるで入れ替わりかのように、引き戸式の扉を開けて先生が入ってきた。手には何も持っていない。
生徒もテストだから自然と静かになり、それを確認したのか先生は小さく頷いてから教卓の前に立ち、言った。
「えー、今期の中間テストの内容を発表する」
わざと間をあけるあたりがずるい。呼吸さえも聞こえてきそうなほど静まり返った教室で、先生は重々しく言った。
「キミ達には今日一日、森林の中でサバイバルレースを行ってもらおう!」
耳に届いた途端にみんながざわめく。
森林? サバイバルレース? どういうことだ? 校外に出てやるのか? 魔法はどうなる? などなど。
先生はこんな状況になると知っていたのか、すぐに沈黙口の魔法を俺たちにかけ無駄話をさせないよう制した。
一瞬、喋れなくなったことに気づかず金魚みたいに口を開いたり閉じたりしていたみんなだが、すぐにそれが先生の仕業と気づき姿勢を正す。
「行うのはもちろん校内だ。試験前にキミたちに小人化をかけてそれから、大いなる深緑化で密林と化した運動場にランダムで転送させ、戻ってきた順番に応じて成績をつけることにしている。ただし、走るだけではなく密林内の攻略もしなければならん。中には敵意を持った魔法生物も設置してある。もしもそれらにより攻撃を受けてやられた場合は即刻リタイアとみなし赤点の成績が与えられるから注意するように! ルールは以上だ。質問はあるか?」
体育教師でもある担任教諭はいつものように太い腕を組んだまま俺たちへ伝えるべきことを噛み砕いて伝えてくれた。
そこへスッと手を挙げたクラスメイトが一人。
「なんだ?」
「魔法の使用は?」
「もちろん自由だ。ただし、飛翔が出来る者へは伝えておくが森の高さ以上には飛べないように結界を張っているから注意するように。これはあくまで、キミ達の判断力や体力を考査するものだ。楽をしてはいかんぞ」
なるほど、ここでやっと合点がいった。
食料を持って来いというのはそういうことだな。これそのものがテストになるわけではなく、テスト内容が長くそして険しいものになるだろうということを見越して、出来るだけ長続きさせるように食料を持参せよ、と言ったのか。
「よし、では他にはないな? 各自、まだ着替えてないものは着替えてから昇降口へ集合!」
それだけ言うと先生は窓から昇降口へジャンプで降り立った。多少は魔法の力もあるのだろうが、あれだけ浅黒い肌で筋肉隆々のジャージ姿なおっさんだと、もしかすると素でそれくらいできるのではないだろうか。
「森林サバイバルレースかぁ……。今年のテストは楽しそうだね!」
バッグを引っさげ、何故だか体操服からストライプな軍服に変わっていた智佳が俺たちの許へやってくる。強化タイプの魔法で、服装を瞬時にチェンジするってのを見たことあるけど、それはちょっとやりすぎじゃないか?
「ふはは、何事も形から入るのが筋ってもんでしょ? 運よく近場でスタートしたらお助けはするけど、あたしも魔評点は欲しいからね。基本的には自分中心で行かせてもらうよん!」
なんだかんだで、智佳もわきまえるところはわきまえている。マラソンとかで、一緒に走ろうね! と言うだけ言って置いていくような人間よりはよっぽど出来たヤツだ。
友達ではあるけれど、最終的には自分に全て振りかかってくる問題なのだから、変に臭い友情ごっこで裏切る、裏切られた、のような群像劇を見せられるよりは割り切ってくれている方が気楽ではあある。
「わかってるよ。お互い、いい結果残そうな」
「おうともさ!」
智佳が拳を突き出してきたので、俺もそれに答えるように拳骨を作ってそれにぶつけた。
――――。
昇降口につくと、他のクラスの生徒も既に集まっていた。いつもは土色をしているグラウンドも、いつのまにか緑色に染められていた。今は通常サイズなので芝生程度に見えるが、目視できる限りで、この魔法森林に適したサイズに体が変化するとなると……過酷なテストになりそうだな。
「では、前の人から順に入っていってください」
クラスで作った列ごとに魔方陣が一つ備え付けられている。それに入ると、小人化がかけられて、更に森林内のどこかへテレポートされるらしい。
次々にクラスメイトが四角い光陣の中へ入っては消えて行く。
俺たちの番になると、先生が注意を告げてくれた。
「天神と月雪だな。お前らは少し特別でな、魔方陣には一緒に入ってもらうぞ」
他の人は一人ずつだったが、この待遇はやはり予想していた通りだったな。
「ただし、別にルールが一つある。処罰の設定上、天神が校舎につかなければゴールと見なさん。月雪が魔法を使用してさっさと一人でゴールしても無意味ということを覚えておくように。これは俺個人の考えではなく、校長先生の御意志だからな。恨むならお門違いだぞ」
「わかってますよ。それじゃ、もう行ってもいいですか?」
「うむ。気をつけろよ。森に居るのは人だけじゃないからな。確認しておくが、番号入替決闘での敗北もリタイアとみなすからな」
「わかってますよ」
他の生徒と同じフィールドに居る以上、そりゃ相手をリタイアさせるために番号入替決闘も所々で行われるだろうが、出来るだけ戦闘は避けないと今の俺たちは一般人同然だから危険だ。
転移を開始したと思った瞬間は意識がどこかへ飛んでしまったが、再び目を開ければそこはもう密林の中だった。
太陽の木漏れ日や、鳴り響く鳥の声。吸い込む空気の独特な新鮮さは魔法で作ったものとは思えないほど、ここは大自然だった。
ふと大樹の幹に張り付いている生き物を見つけた。真っ黒な色をした手のひら大の蜘蛛だ。背の部分には赤いドクロが描かれている。前に図鑑で見かけた魔法生物だな。たしか、強力な毒を持ってたはずだけど……。
「あんな感じでこの森にはたくさんの魔法生物が居るわけか。全方位に注意を傾けないと危ないわね、これは」
勉強面では少し遅れ気味だけど、こういう先を見透かす能力や状況を理解する能力は、やはり俺以上に持ち合わせているようだ。月雪さんの言ったことで間違いは無いだろう。
「コンパスもないし、今が一体グラウンドのどこら辺かもわからない……まずは闇雲に歩くしかなさそうね」
地図すら渡されていないのだからそれが普通のリアクションだろう。
でも……そこまで教師だって鬼畜じゃない。
「そういうわけでもないみたいだよ」
「え?」
「ほら、見て。あれ、たしかサウスパームだろ?」
俺が指差した先にあったのは、サウスパームというヤシの木型の魔法植物だ。葉の生える先、実のなる先が全て南を向くという特殊な植物である。ただ、この生態系無視の密林内ですぐさま見つけるのは難しい。木の葉を隠すなら森にというように、結構注意深く見ないとわからないだろう。
現に、周囲には普通のヤシの木も植えられているぐらいだし。サウスパームは、実の形や色が実際のヤシよりもかなり大きくて濃い色をしているから、間違いはないだろう。
「あっち向きにあるってことは……今は西を見ているのか。校舎の位置は北にあるから、方向的にはこっちだね」
俺はざっとグラウンドと校舎の位置関係を頭の中で作りだし、足を進める。
「……」
「ん? 早く行こうぜ、魔法で足を運べない以上、出来るだけ急がないとみんなに先越されちゃうよ」
「う、うん……」
「? どうしたの?」
「よくあんなわかりにくいのを見つけたなって思って……」
「……言っただろ? 俺は他の人よりも色んな所が劣ってるんだ。だから別の点で努力して、少しでもその差を埋めないと首席になんてなれないと思ってさ。それなりに頑張ってはいるんだぜ」
「そう……みたいね」
「っと、こんなこと話してたらだめだ。さっさと行こう!」
「ええ」
向かうべき方向に目星をつけた俺たちは、慣れない足場の深緑地を蹴り飛ばしてゴールを目指していった。




