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Foggy Sun

作者: 阿部氏

 僕は血が好きだ。大好きだ。愛している。この世界を敵に回したとしても愛している。

 僕は血が好きだ。抜かれるのも入れるのも大好きだ。子供の頃、僕はよく輸血をされていた。その時、輸血パックから僕の体へと伸びたチューブを、僕はじっと見つめていたものだ。

 そして今、僕は血を抜いている。腕から伸びたぶっといチューブには、僕の血液がたっぷりと入っている。チューブの先にはこれまた大きな血液のパック。それが機械にかけられ、常に揺らされている。血液はいわば、液状タンパク質とでもいうべき物体だ。放っておくと、すぐに凝固して固まってしまう。それでは意味がない。輸血用パックなのだ。必要なとき、即座に使えてこそ意味がある。

 献血ルームはとてもきれいで、そして、少し変わった匂いがする。そのことを、僕はずいぶん前に知った。最近の献血ルームはドナーに対して随分親切だ。金をかけている。お菓子や飲み物はいくらでも飲み食いしていいし、暇になる採血中は、テレビやDVDだって見ることができる。僕が今来ている献血ルームは、何と某ドーナツチェーンのドーナツが食べ放題だ。田舎ではこうはいかない。都会は得だ。

 だけど、僕はテレビなんかにはあまり興味はない。チューブの中を通る僕の血を見ている方が楽しいのだ。血を抜かれていく感覚は、何だかくすぐったくてゾクゾクする。僕はこれがクセになってしまった。やめられない。

 血を見つめる。果たして、僕の体から出ているこの血液は、どこまでが僕なのだろうか。どこからが僕でないのだろうか。そんな益体もない事を考えていたら、いつの間にか採血は終わっていた。


 ◆


 左手の肘の内側を押さえながら、処置室を出る。自動ドアが閉まる音を背後に聞きつつ、待合室のソファを目指す。採血の後は、当然ながら血が足りなくなる。しかも、普通の貧血とは違って、物理的にだ。急に動き出すのは危険だ。少し休む必要がある。

 ソファにゆったりと身を沈めながら、ふと、自分がこんな場所にいる理由を思い返す。僕のような人間は、普通は献血なんてものには行かないからだ。

 僕が献血に通うようになったのは、血を抜いた方が、より食事がおいしくなると考えたからだ。いや、科学的な証拠は何もない。だけど、僕は僕なりに考えて、この結論にたどり着いたのだ。

 人間の体内の血液には、多くの物質が溶け込んでいる。誰でもわかることだ。血液は酸素を運ぶ、というのは、多くの人が学校で習うことだ。その中でも僕が重要だと考えるのはエネルギーの素、すなわちブドウ糖である。

 ブドウ糖は血管を通って、体の隅々まで運ばれる。血液の中にはエネルギーが溶け込んでいるのである(もちろん脂肪とかグルコースとか、溜めこむ方法はある。あるにはある)。

 で、僕は考えた。もし血液を体から抜いたとしたら、それは体内のエネルギーが減るのと同義である、と。

 エネルギーがなくなればおなかが減る。おなかが減ればおいしく食事ができる。そんな理論で、僕は毎日顔を変えて献血へと通っている。

 献血カードも九十枚近く、全て別人名義で持っている。献血という奴は一回やると三か月ほど空きを作らなければならない。そんなに待つことはできないので、こうして面倒なことをしなければならない、というわけだ。

 左腕を見る。押さえていた腕をそっと外すと、止血用の丸い絆創膏が、うっすらと茶色く染まっていた。血はひとまず止まったようだ。僕はそのまま立つと、受付の方へと歩いていく。

「すいません、夜見原なんですけど」

 受付のお姉さんに話しかけると、お姉さんは慣れた様子で僕の献血カードを探す。

「夜見原さん、三か月ごとに献血にいらしてて、本当に偉いですよね」

 何度も献血に来ているせいか、受けつけの人に顔を覚えられている。この人は、火曜日と木曜日の担当だ。

「見たところ高校生ぐらいなのに、本当にすごいと思いますよ」

「いや、そんなことないですよ」

 僕は自分のためにやってることですから、という言葉は、必要がないので言わない。別に、変人であるという印象を、わざわざ与える必要もないのだから。

「夜見原さん、年齢の割に大人びてますよね。早老だって言われませんか?」

 早老とは、また珍しい言葉である。

「いや、言われませんね」

 言われたことはない。自分で考えたこともない。ただ、生きた年数に見合った落ち着きは持っているつもりではある。

「そうですか?」

「ええ」

 他愛のない会話を交わす。また来てくださいね―という言葉とともに、返却される献血カード。

 それを笑顔で受け取り、僕は献血ルームを出た。


 ◆


 献血ルームを出ると、外はオレンジ色に染まっていた。

 ゆうべ。黄昏。逢魔が時。要は夕方である。腕時計は五時四十八分を指していた。

 空腹を感じる。実は、起きてから何も食べていないのだ。おまけに、献血で栄養分を失っている。手足の末端が冷える。寒かった。

 太陽が沈みゆくのを見ながら、何かの話で出ていた逸話を思い出した。

 人は極限状態に陥ると、朝焼けと夕焼けの区別がつかなくなるらしい。最初聞いたときは、まさか、と思って鼻で笑ったものだ。

 だが、今の僕にはそれがわかる。もう少し正確に言うなら、どちらであっても大した違いはない。朝焼けであろうと夕焼けであろうと、僕に関係はないのだ。

 思考に没頭していたところで、おなかが抗議の声を上げた。考えるのはやめにしよう。今は栄養の摂取が最優先事項だ。

 とりあえず、朝ご飯を食べなければならない。おいしい食事を求めて、僕は足を動かし始めた。


 そうそう、自己紹介がまだだった。僕の名前は夜見原宗一。バケモノ五十二年生の吸血鬼である。

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