表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

千恵の過去

 千恵は予想より早くやってきた。

待ち始めてから30分ほどだ。

白いコートにロングブーツ。

口元はマフラーで隠れていた。


こうしてみると風俗で働いているようには見えない。

幼さの残るその歩き方は

何処にでもいる女学生のようだ。


千恵を待つ間

涼はあれから何も話さず、ただ僕の横で、立ってるのに付き合ってくれた。

涼も色々考えることがあるのだろう。

こうしているのも少し飽きてきた頃だ。

僕は頭が混乱していたので、寒さはそれほど感じなかったが、

涼の方は限界が近いようだった。

震えているのがわかる。


「蒲田君?」

開口一番千恵は僕ではなく涼にふれた。

涼は恥ずかしそうにはにかみながら、久しぶりとだけ言った。


「千恵・・・。」


「・・・。具合が悪いっていって途中で帰らしてもらったよ。」

「そんなことできるんだな。」


「だってそうでもしなきゃ、本当に凍死するまで待っていそうだったから。」

「・・・。」


本当にそうしたかもしれない。



「会えたなら、俺はそろそろ帰るよ。」

突然涼はバツが悪そうに切り出した。

「えっ?ちょっと待てよ。」

「お前等二人できちんと話せよ。」


相変わらずかっこつけだ。

右手を軽く上げて、去ろうとする。


千恵と会えたのも涼のお陰だし、

何より涼の情報から始まったことだ。

本人はこんなところで帰って気にならないはずはない。


「待てよ。涼も一緒に。・・な。」

僕は千恵に同意を求めた。


千恵は何も言わなかった。


「でも・・・。」


涼は遠慮しているのか?


僕はそんな涼を半ば無理やり近くの喫茶店へ引っ張っていった。


狭くうすよごれた

テーブル席で、あの日以来のトライアングルを作ることになった。


あの日はサンデーサンだった。

今は西川口で名前も知らない喫茶店だ。


熱いコーヒーが僕らの前に置かれると、

僕は場を仕切り始めた。

とにかくこの重い空気を何とかしたい。

涼は僕の右側に座り、まだバツが悪そうに窓の外に視線をそらしていた。

千恵は僕の正面に座り、下を向いていた。


「まあ、別に千恵を攻めるわけじゃないんだ。」

僕はずっと頭の中で整理していた言葉を選んで、口にした。

外の寒さで、頭が冷えて丁度よかったかもしれない。


「千恵がいなくなって、心配していたから、まずは会えてうれしい。

こいつも一緒に心配して探してくれたんだ。」

僕は涼の頭を触り、千恵の方へ向かせた。


「心配かけて、申し訳ないとは思っている。」


千恵は小さい声で話す。

「そうだよ、テラなんかも学校のみんなも気にしていると思うよ。

どうした?

何があったか。話してくれないかな。」


「・・・・別に何もないけど。」

「何もないことないだろう。こうして西川口にいるんだし。」

「自分で決めたことなの。」

「何を?」

「風俗で働くこと。 軽蔑してるようだけど。」

「・・・・。」


「そんなことはない。世の中色々な仕事がある。

お金を稼ぐって事は大変だ。

どんな仕事にも苦労はあると思う。

少なくとも俺は軽蔑していない。」

それまで黙っていたり涼が、わって入ってきた。

「涼。・・。」

「だってそうだろう。俺だって好きで取り立てやってるわけじゃねーしよ。

何かお金が必要だったんだろ。

エンコウやるよりは良いじゃねーか。」

「そうなのか千恵。

それだったら何でそんなにお金が必要だったんだ?」


「・・・・。さっきも言ったけど優介にはわからないと思う。」

「・・。」

僕は千恵の言おうとしていることが何を指しているのか、

理解できないでいた。


「どういうこと?」

「優介はお金に困ったことある?」


「えっ。・・そりゃ。少しは・・。」

「本当に?」

「まあ。そこまでは。」

「私の家を知っているでしょう。

とても進学できるお金なんてないのよ。

でも私は大学に行きたかった・・・。」


ようやく千恵が何を言おうとしているか見えてきた。


「そのとき斎藤さんて、言う人を紹介してもらったの。

その人は私の学費を全部出しても良いって。」


マスターの言ってた荒木組の斎藤か。

「誰に紹介されたんだ。?」

「お父さんの同じ仕事の人。」


「お父さん?」

確か千恵の家は母子家庭だったと思うが。

「そう。性格には本当のお父さんじゃないけど、

私が三歳から中学二年まで、一緒に暮らしたてたの。」


全然知らなかった。

つまり母親の恋人か。

千恵にそんな過去があったなんて。

「それで、お父さんとは会ってるの?」

「たまに電話する程度。もう一年くらいあっていない。」


大体読めてきた。

千恵の母親は水商売だ。

そこで、多分千恵の言う父親とであったのだろう。

紹介した男は父親の舎弟かなにかか?


「お父さんは知っているの?」

「多分知らないと思う。知ったらかなり怒るだろうし。」


「じゃあ斎藤さんを紹介してくれた人はどうして?」

「昔から知ってたけど、その人はお母さんのお店にまだよく来てるみたい。」


涼は顔をしかめて聞いていた。


「千恵はこれからどうするの?」

「とりあえず、学校が始まるまでは、斎藤さんの言う通りに・・。」


ヤクザの言うことだ、千恵が大学にこのままいけるなんて信用できない。

「本当にそれを望んでいるの?」

「望んでるわけないでしょ。もうしょうがないじゃない。」

語気が荒くなる。

僕は何て言ってよいか言葉を捜す。

本当に仕様がない。


「辞めることはできないのか?」

「もう受験料なんかも出してもらってるし、

できない。

それに学校が始まるまでの手伝いだから・・・・。」


何とか辞めさせたい。

僕は頭を抱えた。

涼はまだ無言で、唇をかみ締めていた。


僕は意を決した。

「その斎藤さんて人に会えないかな?」

「何で?」

「俺が会って話をつけたい。」

「何で、優介が?無理だよ。」

「俺は千恵を今すぐでも辞めさせたいと思ってるし、

金ならなんとかする。」

「何とかするって、どうするの?」

「・・・これから考える。」


「とにかく話してみみたいんだ。」

「でも・・。」


千恵は少しあきれた顔をした後、

考え込むような仕草をした。


「でも、優介にそこまで、迷惑かけられないよ。

これは私の問題だし。」

「俺はお前の彼氏だろう。」


「そう・・。じゃあここで別れよ今。」

「・・・・はぁ?なんで。」

「もう無理だよ。時間は流れちゃってるし、

優介にはやっぱり普通のこの方があってるよ。」

「ちょっと待てよ。じゃあここまでの努力はなんだったんだよ。」


「それはありがたいけど、もうどうしようもないの。

優介のこと好きだったけど・・。今はもう自分がわからないの。」

千恵は左目に涙を浮かべていた。


「・・・・・・。」

「これ以上迷惑かけたくないし、危ない目にもあってほしくない。」


「俺は平気だよ。千恵のことを何とかしたいんだ。」

「私もう風俗で働いちゃってるし・・。

優介とは別の道を進んでいるの。」


「千恵・・・。」


「とにかく別れましょう。

もう昔にはもどれない・・・。」

「千恵!」

千恵はそういうと、出て行ってしまった。


僕たちは何もできず、ただ呆然と出て行く千恵を見ていた。



コーヒーに初めて口をつける。

冷めたコーヒーは僕たちの沈黙の多さを物語っていた。

















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://ncode.syosetu.com/n3371a/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ