千恵
僕らは中原街道沿いの洗足池のモスにいた。
涼はパーラメントに火をつけて、煙そうに目をしかめた。
「それで、話って・・・。」
早速僕は切り出した。
「ああ・・。」
涼は大きく煙を吐き出して話し始めた。
「今俺、仕事関係で埼玉にいるんだけどよ。・・
実は千恵を見かけたんだ。」
「!」
千恵。その名が出てくることは以外だった。
何故埼玉なんかに。
「千恵を? 何処で?」
「南浦和だ。」
「なんか学校の関係とかで行ったんじゃないのか?」
僕の返答に
涼は神妙な顔つきだ。
「ただ、ちっと気になることがあってな。」
「何だよ。」
「一緒にいた連中が、どうもあんまりよろしくなくて。」
「何だ。一人じゃなかったのか?受験組の奴らじゃないのか?」
「嫌。同じ組でも、本職の荒木組だ。」
「荒木組?」
「S系の直系組織だ。」
「まさか、・・。何で千恵が。」
「ああ。俺も目を疑ったよ。」
「お前の見間違いじゃないのか?」
「俺が見間違えるはずねー。」
その言葉は、未だ千恵に対する思いが消えていないことを表していた。
僕はあまりの突然の展開に頭が混乱していた。
たしか千恵は静岡の大学に進学が決まっていた。
千恵に会ったのは約三週間前、大学の試験の前の日。
千恵の家の前で、十分だけ話した。
確かにその時の千恵は少し様子がおかしく、
何か言いたそうだったが、それは明日に控えた試験の為だと思った。
その後、最初の頃は試験の結果が良くなく、
僕はなんといってよいか解らなかったので、
電話もしていない。
千恵の合格の知らせを受けたのは、3日前のことだ、
しかし千恵はまた友人たちと遊びに行ってしまい会っていない。
僕が頭の中でそんなことを考えていると、
涼は僕の眼を覗き込むようにして、何かしらないかと聞いてきた。
当然僕は何も知らない。
自分の劣等感とジェラシーのせいで最近千恵とはあまり上手くいってなく、
受験もあったので、込み入った話をしていない。
「お前千恵と本当に上手くいってんのか?」
「・・・。」
僕は涼に現状を正直に話した。
千恵が静岡に行ったら、終わりそうなことも。
涼にこんなことを話すのはものすごく複雑な気持ちだ。
聞いている涼はもっと複雑かもしれない。
「そうか・・。」
「でもなんで、千恵が? よく理解できないな。
見かけたときの状況を詳しく話してくれ。」
「ああ・・。
俺今、取立ての手伝いみたいなことやってるんだよ。」
「何処で?」
「埼玉の上尾。」
「何で?」
「少し知り合いの伝手があってさ、ほらお前も知っているだろ。
隆二さん。
そこでちょっと世話になってるんだ。」
「隆二・・?」
確かに聞き覚えのある名前だ。
「もしかして羽田の 伊澤リュウジか?」
「そうだよ。」
意外な接点だった。
伊澤隆二・・。
狂乱麗舞の二代目頭張ってた奴だ。
「そんで、3日前追ってる客が南浦和のキャバクラにいるって連絡が入った
から、俺は向かったわけよ。
そうすると駅前のロータリーにセンチュリーとベンツが止まっててさ、
やっぱ俺もそっち関係の車とかあると目がいくじゃん、」
涼は話してるうちに、明るく饒舌になってきた。
「そこに千恵が乗り込んでいったわけだな。」
「そう。」
「とりあえず本人に確かめてみろよ。」
「ああ・・。
でも最近学校じゃ千恵を見かけてねーんだ。」
千恵のピッチは3ヶ月前解約してしまっている。
「そしたら今から、千恵ん家いってみっか。」
「えっ。今から・・。」
「俺は気になると眠れねー性格なんだ。ほらいくぞ。」
涼は半ば強引に席を立った。
僕も仕方なく涼についていった。
千恵の家まではバイクで10分もあればついた。
旗の台商店街からすぐ近くの木造二階建てアパート。
母親と二人暮しだ。
決して裕福な家庭ではない。
考えてみるとよく大学に行かせられるな。
涼が古いドア越しにインターフォンのブザーを鳴らす。
ビー ビー。
返事はない。
涼はなんか楽しんでやっているのか、
こっちを見てに少年のようにこっと笑った。
「俺、こういうの慣れてきてんだよね。」
「すみませーん。」
涼はドアを拳骨をたてにしてたたいた。
「いねーみてーだな。」
「おい。お前借金の取立てじゃねーんだから、静かにやれよ。」
「わかってるって。」
そのとき木製のドアノブが回り、
古い木戸は開いた。
「なーにあんたたち。」
中からスエット姿の千恵の母親が出てきた。
若い。
茶髪のソバージュがかったロングヘアーは乱れていた。
寝起きのようだ。
「あの僕たち千恵さんの高校の同級生で・・・。」
突然のことに涼は驚いたらしい。
母親は涼をしたからなめるように見てから、
千恵ならいないよと言った。
「あの何処に行ったか解りませんか?
学校のことで大事な用事があるんですけど。」
母親は疑った表情をした。
そりゃそうだ。
「さあね。わたしも夜の仕事だから、普段からあまり
あの子に会わないから、受験も終わったし、どこか遊びに行ったんじゃないの?」
母親はめんどくさそうに答えた。
「そうですか。ここ何日かで千恵さんに変わったことはないですか?」
涼の奴探偵気取りだ。
「はぁ?」
僕は慌てて止めに入り。
丁寧に例を言い涼を引っ張ってその場を後にした。
「お前ばかか?あんないい方したら怪しまれるだろ。
ただでさえ、お前のそのカッコ怪しいんだから。」
短く刈り込まれた金髪に、
フェイクファーのコートのスーツ姿。
どう見てもまとも人間には見えない。
「・・そうか?」
涼に反省の色はない。
これでこの線は消えた。
僕はおもむろにピッチを取り出し、
テラのピッチを鳴らした。
「おお。優介。どした?涼は?」
ノー天気な声で数少ない友人のテラは2コールで出た。
「テラいきなりでワリーんだけど、原さんとかに連絡とって
千恵のこときいてみてくんねーかな。」
「ああ?別にかまわねーけど。どした?なんかあったか?」
「たいしたことじゃねーんだけど、千恵が何処にいるかわかんなくってな。」
「んならいっけど。涼はまだ一緒か?」
「ああ。一緒だ。」
「ふーん。そしたら一回切って解り次第かけ直すわ。」
「ワリいな。頼む。」
電話を切ったあと僕は妙な胸騒ぎを感じていた。
何かよからぬことが、この先待ち受けているかのような気がした。
結局30分後テラから連絡はあったが、
千恵のことについては何もわからずじまいだった。
「とりあえず。埼玉に行く。」
そう決心した。
何がそうさせたのかは自分でもわからない。
僕は知恵のことを愛しているのか?
それよりも涼の情報のもたらした興味のほうが大きいかもしれない。
涼はうれしそうに。
じゃあ行くかと言い。
自慢のBXをふかした。