さびしい
悪い予感は的中する。
千恵を帰してから、僕は妙な胸騒ぎを覚えていた。
千恵は本当に大丈夫だろうか?
あの去り際に見せた笑顔がどうも何かを決意した女の顔に見えて仕方がなかった。
もう千恵が戻ってこないような気がしたし、
二度とあえない気がした。
その後姿が千恵を見る最後になった。
僕達は生まれてくる家を選べない。
僕もたまたまこの家に生まれただけで、別に僕が努力をしたわけではない。
涼も、千恵もそうだ。
ヤクザにだって、子供はいるだろうし、
政治家にも子供はいるだろう。
日雇いの労働者の子として生まれる子もいれば、
弁護士か医者の子供として生まれる子もいる。
もしかしたら、泥棒で生計を立てている家もあるかもしれない。
それぞれの家に幸せがあり、不幸があるのだ。
他人から見れば、小さいことでも本人達にとっては大事だったり、
不幸そうに見えても当人達は幸せだったりする。もちろんその逆もある。
僕にとっての幸せはなんだろうか考えた。
それは決して、大学にいけることでも、自分のベットで寝れることでもなく、
一年前のように千恵と涼と笑って過ごせるのが、一番の幸せだったし、
楽しかった。
行き違いはあったけど、
彼等もそう思ってくれていると僕一人で、勝手に思っていたのかもしれない。
僕が思っているより、僕と同じくらいの人たちはずっと大人で、
現実的に社会を見て、生きる為の努力をしているのだろう。
僕はなんとなく生きれるから、そこまで必死になっていないだけなのだろうか?
楽しいことを犠牲にしてまで生きなければならないほど、厳しいのだろう。
世の中は。
千恵は帰ってこなかった。
僕の前から姿を消してしまったのだ。
彼女は涼の死に責任を感じたのもあったかもしれないが、
何か違った理由があったように思う。
あの日僕の部屋で、
「優介には普通に生きてほしい。」と言った彼女の言葉の意味が、
いなくなった今少しだけわかるような気がした。
普通とはなんだろうか?
僕は千恵を無理やり連れ戻したのだろうか?
僕は自分の価値観を彼女に押し付けてしまって、
無理やり自分の描いた道に巻き込もうとしていた。
僕は自分に自信がなかった。
自分の考えに不安になった。
生きるということはどういうことなのか分からなくなった。
僕には夢がない。
努力する目標がほしかったのだ。
その目標に千恵を利用した。
でも、千恵はもう僕の前にはいなかった。
僕はさびしかった。




