アスファルトの欠片
第二部 アスファルトの欠片
爆音と共に数台のバイクが目の前を通り過ぎていった。
カストロールの残り香の中に、一台のCBXが信号待ちで僕の横につけた。
今時珍しい日章カラーのハーフロケットにヨシムラ管の定番だ。
アスファルトは黒く重く光っていた。
風が強い日だった。
マフラーから白い息を吐きながら、アイドリングの鼓動が胸に響く。
男のスカジャンの白熊は泣いているように見えた。
東洋のスカジャン。
腕の部分は犬ゾリだ。
男の顔には見覚えがあった。
「涼か?」
僕は思わず声をかけた。
その刹那信号が青に変わり、CBXは勢い勢いよく飛び出していった。
加速のさなか確かに奴は振り向いた。
気のせいか笑ったように見えた。
夜の2国。
国道一号線だが第二京浜国道なので、この呼び方をする。
他県の人には紛らわしい。
五反田方面に走っていく
冷たい空気が半帽とマフラーの間の皮膚を刺す。
風の強さで目から涙が出てくる。
僕のSRでは追いつけない。
奴のBXはもう完全に視界から消えていた。
亮は不器用な奴だった。
つい一年前まで一緒につるんでいたのだが、
千恵の事があってからは、口を利いていないし会ってもいない。
同じ高校の同じクラスだった。
中の良かった二人は別々の道をたった一年でだいぶ進んでしまったように感じられた。
もう戻れないような気がしていた。
日の出桟橋。
レインボーブリッジを眺めるのには、ここが一番最高だ。
涼と一緒にチームをやっていた頃はパトカーに追われ、散った時など良くここに再集合した。
港の門がバイク一台分だけ開くのだ。
ゴロゴロと重く冷たい鉄の門を押しながら、僕は少し感傷に浸っていた。
中に入ると暗い倉庫外、ラメールはもうつぶれていた。
(倉庫作業員の為の食堂のようなもの)
海ギリギリにバイクをつけお台場方面を望む。
海は相変わらずどす黒く静かに俺に微笑みかけていた。
飛び込んでしまおうかという衝動にかられる。
寒い。
「ここもずいぶんと変わっちまったな。」
その言葉に振り向くと、涼が立っていた。
「涼、、、」
「お前なら俺を見かけたら、ここに来ると思っていたよ。」
「涼、、、。」
よく見ると倉庫の影に日章カラーのCBXが止まっていた。
涼は僕の思いとは裏腹に、恥ずかしそうに微笑みながら歩いてきた。
涼が学校を辞めて以来一年ぶりにの笑顔だが、
何も変わっていなかった。
「どうした? 浮かない顔して今にも死にそうだぜ。」
「お前あのバイク、、、」
「ああ、少しトッポ過ぎたかな。全部自分でいじったんだぜ。」
「お前今までどうしてたんだ?」
「バイクいじったりバイトしたりしてたよ。」
「怨んでないのか。」
「怨む? 誰を?」
「・・・・・・。」
「俺実はお前ときちんと話をしなきゃと思ってて・・。」
「そう気にするなよ、あいつが選んだことだ。別にお前は悪くない。」
涼は欧米人のように両手を腰の横に広げながら言った。
不自然なオーバーアクション。
「もう俺も大人だ、そりゃ最初はショックだったけど、
バイクいじったり、いろんな所でバイトしたりしているうちに気もまぎれた。」
失恋した時などは何かに打ち込むことが一番良い。
それは僕自身も経験済みだ。
「そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。」
本音が口をついて出た。
「女の事で友達を怨む程俺を小さい男だと思ったか?」
涼は笑った。
その笑顔に悪意はなかった。
「お前は少し俺に気を使いすぎだよ。
好きな女がかぶった。ただそれだけだよ。よくある話だろ。
もうあの事はいいよ。・・過ぎたことだ・・・。」
「でもよ・・・・。」
「いいんだ。俺自身も恥ずかしくて馬鹿みたいで、お前等の前から姿消して
たんだし。」
「・・で、あいつとは仲良くやっているのか?」
あいつとはもちろん千恵のことだ。
嫌な質問だった。
今もういいと言ったばかりなのに。
「ああ。」
僕はこれ以上会話が進まないように端的に答えた。
「そうかそれは良かった。」
涼もそれを察知したのか短く返した。
「ところで、お前バイトって今何やってんだ?」
「えっ! 知り合いのところで、手伝いみたいなもんさ。」
涼ははっきりとは答えなかったが、あまりいい仕事とはいえない事だけは判った。
「あんまり無茶するなよ。」
「お前もな」
「俺は別に平気だよ。相変わらずだし。」
「そっか。今度ゆっくり会おうぜ。連絡するから。」
涼は携帯を出しながら言った。
僕のピッチにワン切りした後、登録しといてとだけ言い、バイクに火を入れた。
「もう行くのか?」
「お前と再開できたのも何かの縁かもな。気まずいままだったし。
もう少しいろいろ話したいんだけど、これから仕事なんだ。
今度お前のSRまた乗せてくれよ。必ず連絡するから。」
「なら俺も行くから途中までケツについてくよ。」
帰りは涼が先導した。
ウマヘタの東洋の白熊を見ながら、
僕はいろいろなことを考えていた。