不器用な思い
エントランスに入ると、小さなバッグを持った千恵が、
寒さの為か小さく屈みこんでいた。
「優介?」
顔をあげた千恵は僕だと気づく。
「えっ。どうして?
どうしたのその顔、血が出てるよ。
まさか・・・・?」
僕は何も言わず千恵に微笑みかけた。
その笑顔は体の中から自然に出たものだ。
「うそ。なんで?」
僕は千恵にゆっくりと歩み寄る。
「うそでしょ。なんで?
なんでなの?」
千恵は動転していた。
僕は動転を抑えようと、千恵の頭を自分の胸に抱え込んだ。
「なんで?ここまでできるの?
・・相手はヤクザだよ。
優介は馬鹿だよ。・・ほんとに。」
「ああ。行こう千恵。」
僕は千恵の手をとりエントランスからでた。
運転席から隆二さんが笑っていた。
隆二さんの眼鏡は曲がったままだったけど・・。
隆二さんは僕たち三人を涼のアパートの前で下ろすと、
そのまままたなといってしまった。
最後までよく分からない人だ。
ちなみに涼は帰り道気がついて、一応意識もはっきりしていた。
「あはは。疲れたな優介。」
「ああ。本当に。疲れた。」
涼のアパートの階段を上るのも一苦労だ。
「今何時だ?」
「足がふらついてそれどころじゃない。」
本当に涼はふらふらしていた。
「ちょっと大丈夫?」
後ろから千恵が涼をおす。
「おおっ。わりいね。」
部屋の扉を開け、部屋に入ると僕たちは倒れこんだ。
千恵はそのまま手当ての為の物を買いに行くと出て行ってしまった。
僕たち二人は仰向けに倒れて、天井の木目を見ながら話した。
「さすが隆二さんだな。」
「ああ、ほんとにすげーよ。未だに。」
「喧嘩久しぶりだな。」
「・・・・。」
「それより今回のことありがとな。」
「何だよ。いきなり。」
「いや。ちゃんとお礼が言いたくて、
今回お前には本当に世話になったし。」
「何言ってんだよ。よせよ。野郎同士、気持ちわりいぞ。」
「・・・・・。」
「・・・。でも俺もお前とまたコンビ組めて嬉しいよ。
一年ぶりだもんな。」
「ああ。」
「この一年俺にとっては本当に変化の一年だったよ。
住むとこから、周りの連中まで。」
「お前はよくやってるよ。尊敬に値する。
それよりお前顔面大丈夫か?」
「えっ。ああ。ぶつかる瞬間咄嗟におでこを出したから、
思ったよりダメージはすくねーよ。鼻も折れてねーみたいだし。
頭はまだくらくらするけどな。」
「そっか。それは幸いだな。」
「なあ。優介。」
「うん?」
「学校終わったらお前もこっち来て一緒に働かねーか?」
「何だよ。それ。」
「また昔みたいに目蒲線コンビでよ。
そしたら無敵だべ。」
「ああ、そうだな考えとくよ。」
そうは答えたものの、僕にはそのつもりはなかった。
涼もそれを本気で言ってるわけじゃない。
僕が本気で一緒に働くとは思っていない。
階段を上るブーツの音が響く。
千恵が帰ってきた。
「もうー。コンビにだからろくなもん売ってない。」
千恵はシップとか消毒液などを大量に購入して帰ってきた。
千恵は手際よく、僕と涼の手当てをしてくれた。
台所に立ち、流しでタオルを洗う千恵の後姿を見て、
何かいいな。と思った。
涼も横で千恵の後姿を見ていた。
涼は本当に千恵のことが好きなんだな。と思った。
今回のことでもきっと僕一人だったら、途中で諦めていたに違いない。
涼ならきっと一人でも助けただろう。
今、どういう思いで、千恵の後姿を見ているのだろうか?
僕は涼の気持ちを考えると、つらくてたまらなかった。
涼の方が僕の何倍も努力してるし、
千恵を思う気持ちは前から涼の方が強かった。
それなのに僕は横取りするような形になってしまった。
そもそも僕はあの時本当に千恵が好きだったのだろうか?
親友であり、ライバルである涼に負けたくなかっただけじゃないだろうか?
涼から千恵のことを聞かされるたび、千恵が魅力的に見えたのは、
確かだが、それが恋なのだろうか?
涼は不器用な奴だった。
千恵のバイト先のガソリンスタンドまでわざわざ通う涼。
硬派なのかかっこつけなのか、
ただ偶然近くを通っただの
僕が行きたいと言っただのと、言い訳する涼。
その言い訳が逆に千恵に僕を意識させるようになったことも
知らずに。
サンデーサンで付き合うことになったと、
報告すると、学校を辞め僕たちの前から姿を消す涼。
偶然千恵を見かけてしまう涼。
全力で斎藤に立ち向かう涼。
僕は今なら涼に、負けても仕方ないなと思える。
千恵を幸せにできるのは涼だろう。
ただ、もう二度とその思いは口にはしないだろうが・・・。
僕と涼が親友であることがつらい。
僕という人間が大きく二人の人生を狂わしてしまったのかもしれない。
千恵にしても、お金の面で劣等感を味合わせてしまった。
涼にならきっと相談できたに違いない。
家庭環境は涼の家も似たようなものだ。
僕は人を傷つける為だけに生きているのかもしれない。
千恵の背中が涙で滲んだ。
時計の針は午前三時を指していた。