出会い
第一部 黒い闇
午後二時におき朝の7時ごろ寝る生活を続けてもう4年近く経つ。
前の仕事を辞めてからひきこもった。正確にいうとたまに部屋を出るので、完全な引きこもりとは
言えないが、無職と言う状況である。
最近はやりのニートだ。
何もすることなどなく、ただ毎日時間が過ぎるのを待つだけ。
刑務所の中だって、規則正しい分もう少し人間らしい生活をしていると思う。
僕はひきもってはいるけれども、何かのマニアというわけでもなく、これと言って趣味もない。
当然彼女なんかいないない。
一日の大半を暇つぶしの為に何をやろうか考えて暇をつぶす。
時計もないこの部屋では、ワイドショウを時計代わりに、本を読んだり、求人情報誌を見たりして
いる。
今日は月曜日。
求人情報の出る曜日だ。
この日ぐらいは僕も昼間外に出る。無料フリーペーパーを取りに行くのが月曜日の僕の仕事だ。
働く気もないのにこのフリーペーパーだけは毎週欠かさず目を通すことにしている。
そう都合の良い求人などあることないとわかっているはずなのに、もしかしたらに期待してしまう。
12月の冷たい外気は僕の顔を刺すとともに現実の厳しさだけを教えてくれるのだが、
僕はまったくもって教訓として受け止めず、その次の週もまた同じように過ごすことをなんとなく
心にイメージしているのだ。
「このままじゃいけない。」
何度もそう思って、面接のアポを入れたりしたが、経済的理由から面接に行かないことが多かった。
簡単に言うと面接地までの交通費や次の給料までの生活費がないのだ。
借金は現在330万位だろうか、どうやったら返せるのか僕にはわからない。
当たり前の話だが変なところが真面目で、
約束どおり返そうという意思はある。この借金がある限り、働いたら返さなければいけないので、安い給料のところでは働けない。
本当に何か起こらなければ、全てがどうしようもないのだ。
宝くじなどを買って見たりもするが、当たっても精精100円単位。
そんな現実を嘆くよりも働いて少しずつでも返せばよいのだろうが、それができないのだ。
その女を気にかけるようになったのは、2週間くらい前からだろうか。
僕はいつものように午後23時を過ぎにいつものようにコンビニに食料とアルコールの
買出しに出た。
毎週見ているテレビがこの時間に大方片付くので毎日この時間になってしまう。
僕は運動していないので、いつも家の階段を降りるときに足がふらつく。アルコールの影響もあ
るかも知れない。
ふらふらしながら家の前の路地を歩いてバス通りに出ると、洒落たバーが並ぶ。
この時期は空気がすんでいて、お店の前の電飾がきらきらとより光って見える。自分が入らなく
ても冬の電飾は通る人の気分を良くさせる。
電飾と向かい側の歩道にポストに手紙を入れる人を見た。
いつもなら一風景として特に記憶に残すこともないのだが、そのポストに手紙を投函する人の姿
があまりにも強烈だった為、僕の記憶に残っている。
女の人だ。
しかも全身黒ずくめ。
別に冬なのだから黒ずくめは変でもないのだが、その女は長い黒のコートにモデルのようなつば
が長い羽根付きの帽子をかぶっていた。手には黒い手袋。
顔は暗くて見えなかったがメーテルのような顔を想像した。
カラスかな?
松本零次の漫画の中から抜け出したその女は手紙を入れると、ゆっくりと道路を横断して歩いて
いった。その歩き方もモデルの歩くそれだった。このあたりは別にモデルの人が住んでいても不
思議ではないが、あんな歩き方を普通にする人を初めて見た。
その後二日後にもまた同じ状況で、同じ女を見た。その次の日も。
僕は何度もその女を同じ状況で目撃するので、次第にその女を毎日捜すようになった。
(探すと言っても、23時過ぎに出かけていってポストの方に目をやるだけなのだが、)
僕の新しい日課になった。
女の出現は不規則だった。
二日続けてこないと思うと、三日続けて現れたり、一日おきに現れたりした。
僕はなんだか少し気味が悪くなった。
女の格好は毎回同じだった。時間もほぼ正確で、僕が少し遅れたりすると見ることができなかった。
何より女の黒は死を連想させたし、女の持つ不吉なオーラに恐怖さえおぼえるようになった。
「昨日死神さんを見たよ。」
「まじで?」
僕がいつものようにコンビニで立ち読みをしていると、隣のカップルが話しているのが耳に入っ
た。
「あの女のことだ。」
僕は直感的にそう思った。
カップルのパンチ男の方が話す。
「昨日俺が帰り車乗ってたら、そこで轢きそうになったんだよ。のろのろ歩いているから。
アブねーんだよあいつ。」
「轢いちゃえば良かったのに。」
キャバ女はさらりと言った。
「ばかやろ。死神さんを轢いたら何があるかわかんねーだろ。アブねーんだから。」
「それもそうだね。危ないね。」
パンチ男の目が真剣だ。
「それにあの女、俺が轢きそうになってんのに平気な顔して歩いていきやがって。」
パンチ男は怯えるように窓の外のバス通りを見た。
キャバ女はファッション雑誌をめくりながら聞いていた。
12月25日
クリスマスの日についに僕は動いた。
死神と呼ばれる女を見かけるようになってから丁度一ヶ月が経過した日。
その日もいつものように23時08分家を出て。ポストの前に来た。
女は23時12分現れた。
「何ですか?」
突然女は僕に話し掛けてきた。
僕は予想もしない展開に面食らってしまい、思うように話せなかった。
死ぬかもしれない。
そう直感していた。
「貴方のことが気になっていました。」
僕は思い切っていうことにした。
「何故です?」
「黒いからです。」
「何故黒いと気になるのですか?」
黒いと言うことしか僕には解らなかった。
「兎に角何故か異様なオーラを感じるのです。」
女は笑いながら言った。
「そうですか。解りました。あなたは私を感じてしまったのですね。」
「そうです。うまく言えないのですが、なんか現状から抜け出せそうで、、、」
僕は口ごもってしまった。
ソノラのブーツが光っていた。
「実は私も何日か前からあなたが私の方を気にしているのを感じていました。
今日こうして私を待ち伏せしていることは少し以外でしたが、いつかはこういうことが
あるのではないかと思っていました。」
「そうですか。」
僕は少し恥ずかしかった。外は寒かったし、肩を縮めるような格好をした。
「そうです。それでは参りましょうか。」
「どこへ行くのです?」
「あなたはもう知っているはずです。」
「えっ!」
女はやはり少し頭がおかしかった。
「私は知りません。」
「そんなはずはありません。あなたは知っているはずです。これから行くところも
私のことも。」