愛が足りません
放課後。誰もいない夕暮れの教室で、彼の恋愛相談は始まる。
「でさー……って、おい。聞いてる?」
「ん? あー大丈夫、キミの惚気話に飽きてきたところだったんだ」
「うわ、ひっでぇ」
けたけたと笑う彼をぽーっと見つめる。太陽のように輝かしい笑顔で今日の振り絞った勇気の数を話してくれるのはとてもとても嬉しいのだけれど、それがちくちくと私の胸を痛めつけていることにキミは気付いてる?
否、気付いているわけがなかった。これまた太陽のように優しい彼がそんなことを知れば、もう私に話を振るのをやめるに決まっている。
それだけは、絶対に、阻止しなければ。
「ま、いいや。今の俺はとっても寛大なのだよ」
「うざっ。告白の言葉噛んでフラれちまえ」
「ひでぇ! リアルにひでぇ!」
「冗談だよ。……で? キミのその締まりのない笑顔には理由があるんじゃないの?」
ふぅ、と一息吐いて、彼の笑顔を横目に見やる。
本当は知っている。分かっている。こんなことを当の本人から聞き出さなくてもきっとそれは想像の通りで、ただ私のこころを傷つけるだけになるんだろう。
それを敢えてする私は、きっと馬鹿な女だから。
キミの言葉で、直接的に私を傷つけてほしくて。
「へへ~。聞いて驚け! なんと! 今度の日曜遊園地に行くことになりました~!」
「……鏡で今の自分を見てごらん。恥を忘れて椅子の上に仁王立ちしている気色悪い男がいるから」
「ほっとけ!」
その氷のように美しい瞳に映っているのはいつだって彼女で、それが私でないことは私が一番よく知っている。私が一番彼の笑顔を見、支えてあげたのだから。
私のきもちも、かちかちに凍って割れてしまえばいいのに、なあ。
「良かったね。勢いで告っちゃいなよ」
「うん、そーするつもり。成功したら誰よりも早くお前に言うから!」
にっ、とこぼれる笑顔。それは誰を見ているの?
私が目の前にいるというのに、私とキミの視線が交錯したことは、一度もないね。
「これまで応援してくれたお前にお礼がしたいな……。あ、そうだ! お前の将来の夢が叶うように応援してやんよ!」
「フッ、何を言う。世紀の大女優とは私のこと! 応援は間に合ってるわ!」
「え? お前の将来の夢って役者だったの?」
「いや。刑事だけど」
「何だそれっ!」
そう、私って大女優。キミを前にして紅潮した頬さえ隠して笑顔になれるのだから。
ははは、と2人で笑い合える空間がきらきらしている。彼の生きる時間の中に私がいる。ただそれだけで満足していた、から。今更何も求めないから。
せめてこれだけは、私から奪わないでほしい、と。これも求めに入るのだろうか。
あいしてるもすきも、言い合えなくて構わない。キミが近くにいてくれることが、私にとってのシアワセ。
だから、その笑顔が私に向かなくても、平気。
「……泣けてくるね」
「? 何が?」
「キミの馬鹿さ加減に、よ。それじゃ日曜、頑張ってね」
「うわー、ムカつく。けどまあ、ありがとな!」
そうっと、キミに気付かれないように、背を向けて泣くしか私にはできなくて。
名も分からぬ誰かへ。どうか彼の恋を応援できない私を、癒してやってくれないでしょうか。
私の中で私が泣きたがるから。彼の隣がいいと、駄々をこねるから。
そんな私が愛に溺れて死んでしまう前に(それは致死量の愛ですか?)
誰か私を、ころしてあげて。
(私の中で処理するには重過ぎるほど愛が余っているのに、彼に愛の言葉を囁けるほど持ち合わせてはいないのです。でもああ、しかし、私をころせてしまうほど、愛は大きい)




