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石の記憶 回想編 母になった少女たち


「それでは、本日の会議は以上です。」

会議室に和やかな空気が流れる。

資料を閉じ、山科陽香は小さく息をついた。

営業部長になってから、社外での会議や商談も増えた。

責任は大きくなったが、それも今では日常だった。

会社を出ると、スマートフォンを取り出す。

『もしもし。』

「お疲れさま。」

電話の向こうから夫の穏やかな声が聞こえた。

「今、会議終わった。」

『お疲れ。今日は遅くなる?』

「ううん、今日は直帰する。」

『了解。仁も喜ぶよ。』

思わず笑みがこぼれる。

「また車の話?」

『それもあるけど、今日は学校でも何かあったみたいだよ。帰ったら話すんだって張り切ってる。』

「ふふっ。」

『気をつけて帰っておいで。』

「うん。」

電話を切る。

駅へ向かって歩いていると、ふと視線が止まった。

「あれ……。」

見覚えのある店名。

「このお店……。」

昔、よく通った天然石店と同じ名前だった。

「本店って、ここだったんだ……。」

少しだけ懐かしくなり、足が自然と店へ向かう。

「少しだけ見て帰ろう。」

扉を開けると、昔と変わらない穏やかな空気が流れていた。

ショーケースには天然石やアクセサリー。

懐かしい景色だった。

「いらっしゃいませ。」

優しい声に振り向く。

女性は一瞬目を丸くした。

「……青木さん?」

陽香も驚いて目を見開く。

「……佐伯さん?」

二人は顔を見合わせる。

そして同時に笑った。

「久しぶり。」

「本当に久しぶり。」

真紀子は少し照れくさそうに笑う。

「私、今は小鳥遊なんです。」

「あっ、ご結婚されたんですね。」

「うん。青木さんも?」

「私も。今は山科です。」

昔の名前を呼び合った二人は、少しだけ少女の頃に戻った気がした。

「今日はどうしたの?」

「仕事の会議が近くであって。」

陽香は笑う。

「帰ろうと思って歩いてたら、この店の名前が目に入って。」

「そうだったんだ。」

「本店がここにあるなんて知らなくて。」

「そうなの。」

真紀子が嬉しそうに頷く。

「縁って不思議ね。」

二人は店内の一角で話し始めた。

話題は自然と今の暮らしへ移る。

「山科さん、お子さんは?」

「小学一年生の男の子です。仁っていうんです。」

「あら、可愛い盛りね。」

「毎日元気いっぱいです。」

陽香は苦笑した。

「車が大好きで、シール集めにも夢中なんですよ。」

「ふふっ。」

真紀子も笑う。

「うちは中学生の優希と、小学五年生の茉莉花。」

「そうなんですね。」

「優希は本ばっかり読んでるの。ファンタジーが大好き。」

「茉莉花はシール集め。」

「同じシールでも、仁は車ばっかりです。」

二人は思わず笑い合う。

「子どもって、本当に一人ひとり違うね。」

「ええ。」

「でも、それが面白い。」

陽香はゆっくり頷いた。

少女だった頃は、天然石や雑貨の話で盛り上がっていた。

今は子どもの話で笑い合っている。

時は流れた。

でも。

笑い合えることは変わらなかった。

「また来ます。」

陽香が言う。

「ぜひ。」

真紀子は優しく微笑んだ。

「今度はゆっくり。」

「はい。」

店を出ると、夕暮れの風が心地よかった。

懐かしい時間だった。

でも、今の自分には帰る場所がある。

玄関の扉を開ける。

「ただいまー。」

「お帰りー。」

キッチンから夫の声。

野菜を炒める音と、夕食のいい香りが漂ってくる。

その瞬間。

「お母さん!」

小さな足音が駆け寄ってきた。

「お母さん、あのね! あのね!」

ランドセルを放り出した仁が、目を輝かせている。

営業部長の顔は、一瞬で消えた。

陽香はしゃがみ込み、仁と目線を合わせる。

優しく微笑みながら。

「なあに? 仁。どうしたの?」

今日もまた、母になった少女の一日が静かに続いていく。


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