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掌編置場

声なきユートピア

作者: 須藤鵜鷺

――このニュースはAI自動音声でお送りしています。

 ニュースでときどき、そんな文言を見聞きするようになった。生成AIというものが世の中に普及してしばらく経つし、こういうものも普通になってきたのかもしれない。自動音声だというその声は人間がしゃべってるのと遜色ないくらいの精度で、言われないとわからない。AIなら言い間違うリスクもないし、これからはもっと普及していくのかもしれない。ニュースを読むのに人の感情なんていらないわけだし。

 AIがニュースを読む間、スタジオに待機しているアナウンサーはどう思ってるんだろう。いつかはその自動音声が当たり前になって、アナウンサーという職業そのものがなくなってしまうことだってあり得る。そんな自分の職を奪うかもしれないものを、ただ穏やかに見守っているなんて、できるんだろうか。この少子化と人手不足の世の中で、人手に頼らないAIというのは企業にとっては助かる存在なのかもしれない。でもそうしたAIが代行する仕事をこれまで担ってきた人たちの、努力とか、企業への貢献とか、そういうものまで無意味なものになっちゃうんだろうか。それはちょっと、冷たいというか、そんな世の中はつまらないなぁって思う。

 気がつくと自動音声のニュースは終わってて、今はもう少し砕けた話題に移行している。あ、もうこんな時間。

『はーいみんなこんにちわー。ノアちゃんでーす。ライブ見にきてくれてありがとー』

 スマホの画面の中で、アニメ画の女の子がひらひらと手を振ってる。最近人気のライバーで、こうしてライブ配信をしている。なにがきっかけで知ったのかもう憶えてないけど、今はこのノアちゃんのライブ配信を視聴するのが毎週のルーティーンになっている。顔の見えないその子にチャットのコメントがどんどん流れる。目で追えないくらいだから相当多いんだろう。

『みんな来たかなー?じゃあはじめはぁ、リクエストに応えますのコーナーぁ。ぱちぱちぱちぱち……。今日のリクエストはぁ、ペンネーム……』

 地なのか演技なのかわからないけど、ノアちゃんは舌足らずなしゃべり方できゃはきゃはと楽しそうに話す。世の中は重くて暗い話題ばっかだし、テレビの中では誰かが誰かの揚げ足をとるので忙しそうだけど、このノアちゃんを見ている間はそんな外の世界を見なくて済む。みんなでばかになって、ただかわいらしいものを愛でて、遊ぶ。傍から見たら不健全かもしれないけど、これが心を健全に保つための最後の砦になっているのだと思う。

 今日のリクエストは「料理して」だった。画面の中のノアちゃんは一旦ワイプになって、画面上にはキッチンの、手元を上から覗いているような画が流れる。そういうゲーム?の画面のようだ。ノアちゃんの配信に現実は出てこない。リクエストに応えるときも、こんな風に架空の世界でいろんなことをする。これがノアちゃんの世界。まるでおもちゃみたいな、現実逃避の空間。配信を見始めたころはこのノアちゃんは本当に子どもなんじゃないかとさえ思った。でも流れてくコメントに対する反応とかを見てると、たぶん違う。テレビとかでもたまに舌足らずなしゃべり方の大人は出てくるし、子どもみたいな趣味を持った大人も見かけるし、そんなものなんだろう。

 相変わらず今日もかわいいなぁなんて思ってたら、急にノアちゃんの音声が途絶えた。映像は流れてるんだけど声だけが聞こえない。受信する側の問題かな、と一旦画面を閉じてみようとしてたらコメントで他の人も声が聞こえてないことがわかった。ということは配信側のトラブルだろうか。少ししてノアちゃんはコメントで異変に気づいたらしく、一旦ワイプからノアちゃん自身の映像に切り替えた。ちょっと焦ってるみたいだ。大丈夫かな。心配になりながら見守っていた、そのとき。

「こっちのマイクの配線?……あれ、戻った?……あ」

 知らない男性の声が、ノアちゃんの映像越しに聞こえる。一瞬、頭の中が真っ白になった。

『えへへ。ごめーん。さっきお父さんの声入っちゃったかなぁ。でも音戻ったっぽくてよかったー。みんな聞こえてるー?』

 チャットのコメントには「え、お父さん?ww」「直してくれたの優しー」「いっそ一緒に出演してもらったら?」みたいなのがだーって流れてきて、いっときすごく盛り上がった。私はそのコメントとノアちゃんを冷や汗が浮いてくるのを感じながらじっと眺めていた。

 いや、さっきのは、お父さんとかじゃなくて、本人の声、だったんじゃ……?

 画面に映っているのはアニメ画のノアちゃん。だから本当のところはわからない。映像に映っていないところで本当にノアちゃんのお父さんが機材を直してくれていたのかもしれない。見えないんだから、真相はわからない、けど……。

 本当は他の人たちも気づいてたりするのかな。気づいて、でもこの世界を壊さないために、気づかないフリを続けてるのかな。一生懸命ばかなフリをしてるのかな。

 私は、無理、かもしれない。さっきからずっとノアちゃんの声があの一瞬聞こえた知らない男の人の声に脳内変換されていってしまう。

 きゃはきゃは楽しそうな声が迫ってくる。この声がもし、つくられた偽物の声なのだとしたら。

 本物の声は一体どこへ行くんだろう。

 心酔していたものの正体に不意に触れてしまったかもしれない私は、胸騒ぎの中でそんなことを思った。

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