第九十一話 獣人のメジロ
五人のリーダーをタスキさんと言った。のんびり口調で話す人だが、五人の中で一番強い精霊使いらしい。それに他の四人にとても信頼されていそうだ。
「じゃあ、いってきますだよ」
彼らは精霊の王を信仰している一族を探し出すたびに出発していった。
――それから一か月後。畑で遊んでいる子供たちに声を掛けて回る。
「今日は七匹の子ヤギの物語の紙芝居だよ! みんな、見に来てね」
わたしは妖精の樹の前で、紙芝居を始めていた。お昼過ぎの時間になると村の子供たちが集まって来る。村の画家さんに何作もの物語の絵を描いてもらって、木の枠も組み立ててもらったから本格的に紙芝居屋になっていた。
「さあ、みんな。後ろの子も良く見えるように座ってね」
「順番ですわよ」
エルメラもルーシャちゃんも手伝ってくれる。前は隠れて役をしていたけれど、今度はエルメラも堂々と演者として前に出ることが出来た。
「それじゃ、七匹の子ヤギの始まり始まりー」
まずはルーシャちゃんの子ヤギの声からだ。
「お母さん、お母さん。今日はどこかに出かけるの?」
ルーシャちゃんも慣れてきていて、小さい子供のような声を心がけている。お母さん役はわたし。丁寧に優しい声を心掛けてゆっくり話す。
「ええ。可愛い子供たち。お母さんは今日、町へお買い物に行かなくてはいけないの」
のどの調子は上々。気持ちも良く乗っている。そう思ったけれど、予想外なことが起きて横のエルメラをみた。
「……。」
次はエルメラの子ヤギの末っ子の番だ。でも、エルメラはぼんやりとしていて、口を開こうとしない。
「どうしたの?」「お話は?」
子供たちも不思議がっている。
「エルメラ、エルメラ! 次、エルメラのセリフだよ!」
子供たちには聞こえないように、小声で耳打ちした。エルメラはハッとしたように、紙芝居の裏に書いている文字を読む。
「あ、えっと、お母さんが町に行っている間寂しいよ」
硬くて棒読みだけど、何とかセリフを言うエルメラ。ここまで集中していないのも、珍しい。いつも楽しくお芝居をしているのに。もしかしたら、七ひきの子ヤギを披露するのは初めてだから、緊張しているのかもしれない。
その後も、エルメラがちょっと硬い演技で物語は進む。狼役はサラマンダーで、迫力があり過ぎて最前列の子供は泣いていた。
紙芝居をたたんで、宿に戻りながらそばを飛んでいるエルメラを見上げる。
「どうしたの、エルメラ。今日はあんまり集中していない感じだったけれど」
「え、えっと、ちょっとお母さんのことを思い出して」
ああ、と思う。七匹の子ヤギにはお母さんが出てくるから、感傷的になったのかもしれない。
「お母さんって、妖精の樹のことですわよね。ここの妖精の樹じゃなくて、他の樹ですのよね? 探しに行かなくて構いませんの?」
ルーシャちゃんが妖精の樹を振り返って言う。今日も妖精の樹は黄金色に輝いて、葉が風に吹かれてそよいでいた。だけど、エルメラは下を向いたままだ。
「……大丈夫。ユメノのサポートの方が先だよ」
ちょっと嫌々そうな雰囲気に、わたしもちょっとムッとしてしまう。
「ふーん。でも、紙芝居に集中できないなら」
「ユメノ。紙芝居ぐらいなんですの。確かに子供たちを楽しませるのはよいことですけど、お仕事でもないでしょう。そこまでエルメラを責めるのはどうかと思いますわ」
「う、うぐ」
ルーシャちゃんの言葉がぐさりと刺さる。刺さったのはルーシャちゃんの言う通りだからだ。改めて思い知らされた。わたしは仕事の延長みたいなものだから、本気で演じているけれど、エルメラたちは違う。
「で、でも、精霊使いの修行にはちょうどいいし」
紙芝居は声に気持ちをのせる練習にちょうどいい。簡単なセリフしかないモブの役だって、馬鹿にはできない。
「確かにそうかもしれませんが、エルメラは違うでしょう」
これにはもう全く反論は出来ない。エルメラは精霊使いではなく、サポートしてくれる妖精なのだ。素直に謝るしかない。
「ごめんね、エルメラ」
「う、ううん。わたしがぼーっとしていたのがいけないの」
エルメラは肩にとまって、いつもの笑顔を作って答えた。大丈夫そうだ。
宿に着くと一階の食堂でイオが待っていた。
「みんな、帰ったか。タスキから手紙が来ているぞ」
上げた手には手紙の束がある。
「これで三通目だね。やっぱり中々、目的の一族は見つからないって?」
「そうだな。ムウさんに言われた海の北西の辺りを探しているが。やはり人が生活している様子は見られないそうだ」
わたしもイオから渡された手紙を読む。そこには言われた通りのことが書かれた手紙と地図の写しがある。精霊の海も三百年の間に目立つ氷山や平原には名前が付けられていた。
タスキさんが探しているのは、いまニベノ雪原で、その奥の氷山まで調べに行きたいと書かれている。
「大変だよね。あんなに寒い所を当てもなく探すなんて。本当に任せて良かったのかな」
「そうだな。一度、ノーマレッジに帰って来ないか手紙を出してみよう」
精霊の海を囲う森の中にある村を拠点にしているから、そこに手紙を出すのだ。手紙はタスキさんの仲間の風の精霊が運んでくれる。二、三日ぐらいで着くようだ。
だけど、手紙を出して五日後だった。宿で昼食を食べていると、カッツェが駆け込んでくる。
「おい! タスキたちが帰って来たぞ!」
「え? もう?」
手紙を出してついてから、二日ぐらいしか経っていない。そんなに早く帰って来られるだろうか。でも、タスキさんたちはわたしたちの手紙を読んだわけじゃなかった。
重要な手がかりを持って、帰って来たのだ!
タスキさんたちは行きとは違い、暖かそうなモコモコした服を着て帰って来た。わたしとルーシャちゃんはタスキさんを見つけるなり、駆け出していく。
「お帰りなさい! 精霊の海はどうだった!?」
「村は見つかりましたの?!」
聞きたいことを思い切りぶつけた。でもタスキさんは、ただニコニコしている。
「ただいまですだ。それよりも、皆さんに紹介しなければならない人がいるだ。メジロ殿」
タスキさんが横にずれると奥の方から人影が出てきた。
いや、人影というには形が違う。耳はとんがっていて、ふっくらとした胸。そして何より、ふんわりしたしっぽ。
「拙者はジュレ族のメジロ! そなたらが、精霊の王らを使役しているというのは真か!?」
メジロは目をキッとさせているつもりだろうが、黒目がまん丸していて迫力はなかった。茶色い毛並みに口やお腹の辺りは白い。
それはまるで……
「しゃべる柴犬だ!」
わたしは思わずモフモフしたお腹に抱き着いた。
「なんだ、この小童は!? これ、腹を揉むでない! うひょひょひょ」
わたしは完全な犬派だ。わたしを幼子を見るような目でタスキさんが見ているけれど、気にしない。いまはずっとご無沙汰だったモフモフに包まれたいのだ。
「その方がユメノさまですだ、メジロ殿」
「真か、タスキ殿!?」
「はー、モフモフ。実家の柴犬を思い出すー」
エルメラがちょっと呆れたように言う。
「ユメノ、夢中みたい」
「気持ちは分かるが獣人の方に失礼だぞ、ユメノ」
イオが服の首根っこを掴んでわたしを引きはがした。
「ちぇっ。もっとモフモフしていたかったのに」
でも獣人とは珍しい。サラマンダーの所に行く前のゲーズの街ではよく見かけたけれど、ノーマレッジでは全然見ない。それはたぶん、自分に酔いしれていた頃のノームが美しいもの以外を排除した結果なのだろう。こんなに可愛いのに。
ルーシャちゃんが一歩前に出て提案する。
「まあ、タスキさんたちもお疲れでしょう。宿屋に行きませんこと?」
「はー、確かにこれまで寒い精霊の海を渡って来たから温まりたいだ」
タスキさんたちの手はしもやけで真っ赤だ。でも、精霊の海を渡って来たということは、周りの森を歩いてきたわけじゃなくて――
「精霊の海を渡ってって、突っ切って来たってこと!?」
「そうだで。まぁ、詳しいことは宿で話しますだ」
わたしたちはさっきまで居た宿に戻った。戻るなり、わたしは奥に声を掛ける。
「タスキさんたち、お昼ご飯食べてないよね。マーサさん、追加の料理じゃんじゃん持って来て!」
「はいよ!」
マーサさんとは、宿の女将さんだ。すごく気前が良くて、いつも快活に笑っている。だけど、メジロは首を横に振った。
「我は持参している食事があるゆえ、結構である」
メジロが取り出したのは干し肉や木の実だ。どう見ても保存食に見える。
「せっかく宿にいるんだから、暖かいものを食べたら? それとも、獣人は食べられないものとかあるの?」
「そういう訳ではござらん」
次々に運ばれてくる料理には手を出そうとはしないメジロ。だけど、目がジッと豚の串焼きを見つめている。
その豚の串焼きをルーシャちゃんが手に取った。口をあーんと開けて食べようとすると、自然とメジロの口もちょっと開く。ルーシャちゃんは気まずそうに手を止めた。
「……食べにくいですわ。そんなに見つめないでくださいます?」
苦笑してイオが気を利かせる。
「もう一本頼もうか。マーサさん、豚の串焼きをもう一本」
「い、いや、拙者は……」
そう言いつつも、よだれが垂れている。
「遠慮しなくていいから。ほら、来たよ」
「う、うむ」
串を肉球の手で器用に掴んで、口に運ぶ。一口小さくかぶりついた。すると、ぱあッと顔が見るからに明るくなる。
「び、美味でござる!」
「よかった」
ガツガツと串焼きを食べるメジロ。その様子をみんな、ほんわかした表情で眺めていた。視線に気づいたメジロはハッとして表情を引き締める。
「拙者は美味なる食事をしにここに来たわけではない」
「おっ、やっと本題か。でもまぁ、気楽に食べながら話そうぜ」
カッツェがそう言うけれど、ドンとメジロはテーブルを叩いた。
「気楽になどと! 拙者たちが崇めているウンディーネさまに大変な危機が迫っているのだぞ!」
「危機?」
これまでは人間たちが精霊の王たちに困らせられてきた。それが逆に、ウンディーネに危機が迫っているとはどういうことだろう。
「このままでは、ウンディーネさまはその身が凍り付いてしまうのだ」
あまりに予想外な言葉に、わたしたちは固まってしまった。




