第八十九話 わずかな異変
わたしたちはサラマンダーの背中に乗って、浮島から脱出し、ノーマレッジへと向かうことになった。風に吹かれながら、わたしのマントのフードの中にいるエルメラが尋ねて来る。
「ウンディーネがいる精霊の海に行くんじゃないの?」
「精霊の海は広いでしょ。それにウンディーネがどこにいるかも分からないじゃない。だから、最初に情報収集しなくちゃ」
わたしたちは最後の精霊の王、ウンディーネに会わなければならない。ウンディーネもきっと何かに憑りつかれている。最後の王まで解放すれば、きっと世界中で人を襲って暴れている精霊たちも大人しくなるはずだ。
ルーシャちゃんが頬に指を当てて、首を捻る。
「でも、そのノーマレッジという村で情報が得られますかしら」
そうなのだ。ノーマレッジは、ノームが支配していた村で今は壊滅状態。仮のテントは建てられていたけれど――
すると、イオが口を開く。
「分からない。ただ、あそこにはノームに挑んだ人々が樹木にさせられていた。ウンディーネに関する情報も知っているかもしれない。あまり期待は出来ないが、行かないよりはマシだろう」
わたしも頷く。
「そうだよね。どうせ、精霊の海に行くには通り道なんだし。行ってみる価値は十分にあるよ!」
それから、数時間。サラマンダーは未開の地からは出ていない。真っ直ぐノーマレッジに向かっても二日はかかるみたいだ。日も暮れてきたので、浮島の一つにサラマンダーが降り立つ。
「では、休ませてもらうぞ」
「うん。ありがとうね、サラマンダー」
サラマンダーは赤い玉になって、わたしの杖の中に吸い込まれていく。正確にはシュウマ山の火口に戻ったのだ。イオが後ろを振り返って言う。
「ここはキャンプを張っていた滝だな」
見覚えがあると思ったら、イオの言う通りわたしたちが最初に調査した島だ。
「ちょうどよかった。じゃあ、焚き火の後もあるね」
また、あのわたしの背丈の半分ほどのカニの精霊たちがいる。ここの精霊は人を襲わないから安心だ。そう思った瞬間だった。
「危ない、ユメノ!」
「へ?」
イオに身体をマントごと無理やり引っ張られる。わたしがいた場所にカニが爪を立てて襲って来た。
「な、なんで!?」
「分からない。けど、前とは様子が違う。戦闘だ!」
わたしたちは杖を構える。
「ホムラ!」「フリント!」「ミルフィーユ!」
それぞれ、精霊の名前を呼ぶ。火の蛇と土色のキツネと風をまとった白鳥が出てきた。エルメラがわたしの肩に掴まって、精霊をジッと見つめる。
「相手は風の精霊みたい。一体一体はたぶん強くないけど、とにかく量が多いよ!」
滝の奥から次から次にカニがわいて出てくる。緑色のオーラをまとっていて、振った爪から風が巻き起こった。
「武器を具現化して戦おう。その方が消耗も少ない」
イオの言うことに、わたしもルーシャちゃんも頷く。
「ホムラ! フォームアロー!」
「フリント、剣を!」
「ミルフィーユ、斧を作ってくださいませ!」
わたしたちはそれぞれ、弓と剣と大斧を手にした。カニたちも黙って見ているわけじゃない。風を起こして、こちらに爪を一斉にぶつけていた。
「二人とも、俺の後ろに」
イオが前に出て、剣で爪を受け止める。さすがは何でも斬れる剣。風がぶつかったぐらいじゃ、ヒビも入らない。
「はぁッ!」
そのまま、イオはカニたちに突っ込んでいく。バッサバッサと何匹ものカニを切り倒した。そこに飛び跳ねて、イオに突撃するカニが一匹。
「イオ! 背中はわたしに任せて!」
弓を引き、白い炎の矢を放った。矢が刺さったカニは一気に燃え上がり、やがて消えてしまう。透明の玉になったけど、今は名前をつけている場合じゃない。
わたしはイオに飛び掛かるカニに、次々に矢を放った。
「あ! 強いのが一匹出てきた! でも、これで最後だよ!」
カニはまだまだいるけれど、エルメラが滝の方を指さす。
そこには……
「でかッ!!」
思わず声を大きくしてしまった。そこにはわたしやイオや周りの木よりもずっと大きいカニ。巨大なカニは横歩きで、水しぶきを上げながら滝の影から出てきたのだ。
「よし、三人で」
「いいえ、ここはわたくしに任せて下さいませ。ミルフィーユ、融合ですわ!」
ルーシャちゃんがミルフィーユを見ると、ミルフィーユが頷く。
すぐにルーシャちゃんに覆いかぶさるように包み込んで二人は一つに重なる。ルーシャちゃんに白い羽が生えた。
「行きますわよ!」
ルーシャちゃんは大きく飛び上がり、小さなカニたちを一気に超える。大斧を振り上げた。同時に大斧は緑色の風をまとう。ボスカニに振り下ろすつもりだ。しかし、ボスカニも爪をルーシャちゃんの方へ上げて、風のオーラを蓄える。迎え撃つつもりだ。
「はあああぁッ!」
ルーシャちゃんは大斧を振り下ろした。風と風がぶつかり合い、周りにも猛烈な風が吹く。
「わあっ!」
「エルメラ! 捕まって!」
わたしたちは何とか地面に伏せて飛ばされまいと耐えた。小さなカニたちは耐えられずに吹き飛んでいく。
「ミルフィーユ!」
ルーシャちゃんが名前を呼んだ途端、さらに力が増した。背中の羽が後押しする。
「行けえぇッ!」
ルーシャちゃんの大斧が一気にボスカニを真二つに切り裂いた。
「やった!」
切り裂かれたボスカニは光になって消えた。興奮した様子で、ルーシャちゃんはふんっと鼻息を漏らした。
「やりましたわ!」
「ルーシャちゃん、すごい!」
「やったね! ルーシャ」
わたしとエルメラは駆け寄ろうとする。しかし、足を止めた。
「? どうかいたしましたの?」
わたしは上を指さす。
「ルーシャちゃん後ろ」
「え? もうカニはいなくなって、きゃああああ!」
ルーシャちゃんが斬ったのは大カニだけじゃなかった。後ろの滝まで斬っていたのだ。流れを変えた水が一気にルーシャちゃんに襲い掛かる。水浸しになって地面に倒れたルーシャちゃんが叫ぶ。
「何でですの!?」
「力のコントロールはまだまだ甘いようだな」
乾いた地面にいるイオが冷静につぶやいた。




