第七十話 放て!
辺りの背の高い草は、その背丈以上に燃え盛っていた。まるで、召喚されたロオサ村を襲った炎のようだ。わたしたちは火に取り囲まれている。
「な、なに!? こんなところで、火の精霊が襲って来たの?!」
そうとしか思えない。しかも、この火の勢いは相当強い精霊のはずだ。だけど、イオは首を横に振る。
「違う、これはユメノの炎だ!」
「わ、わたしの!?」
驚愕の事実だ。まさか寝ぼけてホムラに命令したのだろうか。シュルカさんも警戒しながら頷く。
「精霊が起こした炎で焚火をしていた。その炎を突然、シルフの影がさらって行ったんだ。辺りが暗闇になったと思ったら、一気に火が回った」
わたしの炎だという意味が分かった。つまり、わたしの炎を利用して、風であおって火を大きくしたのだ。
「でも、それなら、ホムラ! 火を消して!」
火の蛇ホムラが出てきて、じっと念じる。すると、みるみるうちに炎は小さくなっていった。ルーシャちゃんもほっと息をつく。
「大丈夫そうですわね」
それとは対照的に、イオが草地の奥を見つめて剣を構えた。
「だが、そう簡単には行かなさそうだ」
「え、何。あれ?」
わたしも異変に気付いた。辺りの風が一方向に向かっている。わたしたちを後ろから押す風は、一か所に集中していた。
「あ、あんなのどうすればいいんですの?」
ルーシャちゃんが杖を握りしめて震えている。エルメラも、わたしの髪をぎゅっとにぎりしめた。
それもそのはず、出来上がったのは黒い風が渦巻く炎の竜巻だった。それがゆっくりとこちらに向かってくる。残っていた小さな火種をまた風で大きくしたのだ。
「我と契約せし、火の精霊ホムラよ。紅蓮の業火を燃やし、その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん!」
わたしはホムラを解放させた。
「ホムラ! あの炎を消して!」
「きゅるう……」
しかし、ホムラは尻尾を下げてしゅんとしてしまった。
「……もしかしてあれだけ風に巻き込まれていると、さすがに無理ってこと?」
「ユメノ。炎を消したところで解決はしない。竜巻を消し去らなければ。シルフ! いい手はないか!」
イオがルーシャちゃんの杖に向かって叫んだ。
「あの竜巻の中央には僕の影がいるようだね。その影を止めればあるいは」
なるほど、つまり中心を叩けばいいんだ。
「俺が上から行こう」
そう言うシュルカさんは既に、クロキカゼと融合して羽を生やしている。そのまま、上空、高くへと飛んでいった。こうして話している間も、竜巻はどんどんこちらに近づいてきている。熱せられた空気がとても乾燥している。長い草が完全に地面に寝ていた。
「ノーム! 強い壁で家を作ってくれ!」
イオの声に精霊石からノームが出て来る。
「はい! 風や炎ごときに崩れるような軟な造りはしませんのでご安心を!」
ノームは地面に手を付けて、四角く黒い箱を作った。簡易シェルターのようだ。すると、イオがわたしとルーシャちゃんの背中を押す。
「ユメノ! ルーシャ! 入れ!」
強引に押し込まれた。わたしは入口から顔をのぞかせて、空を見上げる。
「ああ! シュルカさん!」
イオの背中越しに、シュルカさんが竜巻に弾き飛ばされていくのが見えてしまった。
「俺が行く!」
イオはシュルカさんが落ちて行く方へと走っていく。竜巻の近くは火の海だけど、土の足場を作って何とか進んでいった。
「イオ! シュルカさん!」
「ユメノ! もう竜巻が目の前ですわ!」
わたしはルーシャちゃんに引っ張られて、シェルターの奥の方へ押しやられる。入り口をルーシャちゃんが閉じると、ガガガガッと外で風がシェルターを激しく叩く音がした。
わたしとルーシャちゃんとエルメラは音が止むまで、ギュッと目を閉じる。
「イオ……! シュルカさん……!」
外にいる二人は無事だろうか。でも、シェルターを襲っていた音は、思ったよりも早く去った。竜巻は止まない代わりに、移動速度も速いみたい。それとも簡単には壊せないと意思を持って移動したのだろうか。
「わたし、外を見てみる!」
「あ! ユメノ! まだ!」
ルーシャちゃんが止める。でも、待っている場合じゃない。熱くなっているドアを押して顔を出す。風は相変わらず強く吹いているけれど、炎の竜巻ではない。
「一体どこに……」
「あ! ユメノ! あっちに!」
髪の中に隠れていたエルメラが指をさす。そこには炎の竜巻がまだ渦巻いている。
――あっちは。
「シュルカさんが落ちた方だ!」
間違いない。シルフの影は、わたしたちがシェルターから出てこないと思って標的を変えたんだ。シェルターの入口から出て来るルーシャちゃんを振り返る。
「ルーシャちゃん! お願い! わたしを竜巻の上に運んで!」
「え! わたくしがですの!? サラマンダーは!?」
「吾輩ではおそらく、あの竜巻に対して大きすぎる。近づけないであろう」
サラマンダーの言う通り、あの竜巻の頂上の穴はサラマンダーよりもずっと小さい。そこに近づいたら強い風の影響を受けることは間違いなかった。
「わたしとルーシャちゃんがどうにかするしかないよ!」
ルーシャちゃんが、ぐっと下唇を噛みしめる。
「わ、分かりましたわ。ミルフィーユ!」
ルーシャちゃんの杖から小鳥のミルフィーユが出て来た。
「風よ、ミルフィーユの元に集まりなさい」
ルーシャちゃんは厳かな声で言い、杖を掲げた。すると、ミルフィーユの身体がみるみるうちに大きくなる。大きなワシぐらいの大きさはあった。
「えーと、わたくしはユメノを抱えないといけないから。ミルフィーユ! わたくしの肩を掴んで、あの竜巻の上空へ飛ぶのですわ」
わたしの腰を掴んで、ルーシャちゃんはミルフィーユに命令する。今回は嫌だとは言わずに、言われた通りミルフィーユは肩を掴んで飛び上がった。ふわりと足が地面から離れた。
「でも、上空からどうやって攻撃しますの?!」
ルーシャちゃんが言う通り、あまりに近づくと竜巻に弾き飛ばされてしまうだろう。
「うん! だから、ぶっつけ本番だよ」
わたしは腰に杖を挿して、すぐ近くを飛ぶホムラの目を見る。ホムラは真っ直ぐ見返してくれた。
「うん! 大丈夫! 行ける!」
ありったけの魂を言葉に込める。強く、敵を倒すという意志を宿して。
「ホムラ! フォーム、アロー!」
武器の具現化には二パターンある。精霊が武器を作りだす方法と精霊自身が武器に変化する方法だ。
「きゅるるるる!」
ホムラの場合、その身を燃やし赤い弓に変化した。弦の部分は細い青の糸で出来ている。
「綺麗な弓……」
頭上でルーシャちゃんがつぶやく声がした。
「よし。形はちゃんと出来た」
問題はそれがちゃんと扱えるかだ。すると、弓が震える。
――うん。大丈夫。
わたしは一人じゃない。ホムラと一緒だ。
「かなり上空に来ましたわ。下に降りますわよ」
ミルフィーユは炎の竜巻を大きく避けて、かなり上空に来ていた。下には炎が広がる草原に、炎の竜巻の入り口。イオとシュルカさんの姿はここからでは分からない。
わたしたちは炎の竜巻の入り口に近づいた。真ん中を行けば、風に巻き込まれることはない。
「あ、熱い……」
わたしを抱えているルーシャちゃんの手も汗ばんでいる。早くしないと、長くは持たない。わたしは下に目を凝らす。そこに、黒い影がいるのが見えた。
「いた! シルフの影!」
地面の真ん中に黒い羽を生やしたシルフの影を見つけた。竜巻を操るのに夢中で、わたしたちには気づいていないみたいだ。
「よし。ホムラ。行くよ」
弓になったホムラに話しかける。わたしは弓を下に向けて、青い弦を大きく引く。
そして、静かに殺気を込めた。
「炎の矢よ。敵を撃て!」
すぅっと手元に硬質そうな白い矢が現れる。わたしはシルフの影の羽に狙いを付けた。
「ここだ!」
ピッタリとわたしとホムラの呼吸が合う。そう感じた。白い炎の矢は風を切って、シルフの影に放たれた。




