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第七話 サラマンダーの元へ



「ふん、ふふーん」




 わたしは上機嫌で宿までの道を歩いていた。親指には例の言霊を増幅させる指輪をつけている。さっそく勝ち取ったというか、ルーシャちゃんが置いていったお金を使って道具屋で購入して来たのだ。これで、邪魔してくる精霊をサクサク倒して前に進めるはずだ。




「よーし! このまま、次の町に行っちゃおう!」




 わたしが勇んでそう宣言すると、エルメラがフードの中から顔を出した。




「だーめ。今日はもう夕方になっちゃう。夜の街道は精霊が暴れなくても危険だし、乗り合い馬車ももう走ってないよ」




 確かに空は夜の闇に染まり始めている。昼間の街道は使役したスイリュウが出てきただけだったけれど、夜は野生の動物や山賊が出てくるのかもしれない。わたしも子供の姿だから、なお危険だ。早く進みたいのを我慢して、町の宿屋に向かった。


 宿屋のドアを開けると、カランカランと音が鳴った。一階が食堂になっているようだ。ウエイトレスのお姉さんが活発に動き回っている。豪快に肉にかぶりつく木こりの人やまだ早い時間なのにお酒を飲んでいるおじさんもいる。


 わたしはウエイトレスのお姉さんに声をかけた。




「こんにちは! 宿に泊まりたいのですが」


「ああ、精霊使いのお嬢さんですね。町で噂になっていますよ。どうぞ、こちらへ」




 お姉さんが部屋に案内してくれる。どうやら、ルーシャちゃんとの戦いの一件でわたしも町の話題になっているみたい。普通なら話題のないだろう町では、対決の一件はすぐに知れ渡ったに違いない。




「こちらです。食事もついていますから、後で降りてきてくださいね」




 案内してもらった部屋はベッドと机ぐらいしか家具が無い簡素な部屋だ。ドアが閉まると、エルメラが隠れていたフードの中から出てきた。




「ふーん、普通の部屋だね。巫女さまだからって、特別扱いはしないんだね」


「お風呂は無いの?」




 とっても気になることを聞いてみる。ずっと歩きどおしで、たくさんの汗をかいていた。


 扉を開けてみるけれど、そこは何も入っていないクローゼットだ。マントを脱いでハンガーにかける。エルメラが飛んでいき窓の側に近づいた。




「裏に井戸があるはずだよ」


「井戸か……」




 つまり水浴びだ。元の世界のように温かいお風呂には入れないのだ。せめてお湯を借りてタオルで身体を拭くことにしよう。


「さてと」




 ベッドの上に座り込んだわたしは荷物の中から、道具屋で買った道具を広げる。方位磁石に地図、非常食のフードバーにアメ。その中から六つに畳まれた地図を取り出して広げた。


 この世界の世界地図だ。現代の精密な地図とは違い、大陸も大体の形しかない。とはいえ、けっこう細かく地名が書かれている。分からない所もあるらしく、右上は雲で隠れていた。


 この世界は大陸一つしかない。大陸は歪んだドーナツの形をしていた。真ん中には大きな湖があるようだ。しげしげと地図を見つめながら、肩に座っているエルメラに尋ねる。




「わたしたちが今いるのはどこ?」


「えーと、ここ。村から東に進んでいるの」




 エルメラは、地図のドーナツの左端を指さした。そこには森のような絵が描かれていて、象形文字が書かれている。




「……読めない」




 当然、日本語などではなかった。




「ロオサの森って書かれているよ。簡単な文字だから後で教えるね」




 とりあえず、わたしたちはこの森から出てきたところのようだ。地図をまんべんなく眺めて行く。




「四人の精霊の王はどこにいるの?」


「大体の位置しか知られていないけれど、まず水の精霊ウンディーネは行方が分からない。未だかつて、出会った人はいないらしいよ」


「それって伝説の存在ってこと? 精霊の王なんて本当に実在するの?」




 他の世界から来たわたしには、疑わしく思えてならない。エルメラは肩から離れて、地図の右端へと飛んでいく。雲で隠れている場所だ。




「いるよ! 風の精霊シルフはここ、未開の土地にいるの。たくさんの精霊使いが挑んだにもかかわらず、シルフに惑わされてほとんどがおかしくなって帰ってきたって話」




 よく見たら風が吹いているマークが多く描かれている。エルメラはそのまま反転して、真ん中を指さした。




「そして、土の精霊ノームがここ。精霊の海を囲む大森林のどこかにいる。ノームに挑んだ精霊使いも戦意を無くしてしまうらしいの」




 地図には真ん中に丸、精霊の海と呼ばれる湖があるらしい。その周りには森が丸く囲むように描かれている。緑に色付けされているだけでなく、所々に花が描かれていた。


 エルメラは手前に飛んでくる。




「最後の火の精霊サラマンダーはここ! シュウマ山っていう大きな山のマグマ溜まりに住んでいるの。サラマンダーに挑んだ精霊使いのほとんどが二度と帰ってこない」




 大森林の下、ドーナツ大陸の南にあたる所だ。そこには大きく山が描かれている。小さく描かれた赤いドラゴンが山の上に座っていた。


 わたしはひと通り説明を終えて肩に乗ったエルメラに尋ねる。




「これから、四人のどれかの精霊に話をしに行くのよね。どの精霊が一番、元の世界に帰る方法を知っていそう?」


「……そんなの分からないよ。わたしも会ったことなんかないもの」




 エルメラは眉をハの字にした。




「うーん。それなら、行くのはここね」




 とんと地図のある場所を指さす。エルメラは文字通り飛び上がった。




「サラマンダー!? 正気なの!? シュウマ山に入った精霊使いのほとんどが命を落としているんだよ!?」




 エルメラの大声で反論するけれど、わたしは腕を組んで地図を見据える。




「だって一番近いじゃない。ウンディーネは論外だし、シルフは地図の端と端。ノームかサラマンダーの二択なんだけど、ノームは戦意喪失しちゃうんでしょ? 声優としてのやる気が無くなったら困るもの。それにサラマンダーは確実にマグマ溜まりにいるって言うじゃない」




 大陸を一周するような大森林で、どこにいるか分からないノームを探して回る暇はない。エルメラは地図に降り立つ。




「うーん……、じゃあ、せめて精霊使いとして修練を重ねてから」


「そんなのやってらんない! いい? エルメラ」




 わたしはエルメラの鼻先に指をさした。




「わたしは本来なら、いま! すぐ! 帰りたいの! だから、サラマンダーの所に案内して! じゃないと、村に帰る!」


「うー、……分かった」




 村に帰るが効いたらしい。渋々といった様子でエルメラは頷いた。




「サラマンダーに会うためには、まずはシュウマ山の手前にある要塞都市ゲーズに行かないといけないの。ここを目指して旅しよう」




 山の下には家々が簡単に描かれている。ロオサの森からは東へ真っ直ぐだ。


 進む方向が決まったので、食堂で夕ご飯を食べる。森にも流れていた川から採ったのだろう。川魚がメインだ。味はそんなに悪くないので、明日のためにモリモリ食べておいた。その後、井戸の水でお湯を沸かしてもらって身体を拭く。すっきりしたわたしはベッドに寝転びながら考える。


 この異世界に来て、二度目の夜だ。ガヤガヤと一階の食堂の音が夜遅くまで聞こえる。たぶん、明日、明後日と旅をしても、元の世界に帰ることは出来ないだろう。地図がどれぐらい縮尺されているかは分からないけれど、一番近いサラマンダーの所でも行くまでに一週間はかかるらしい。旅をしたことのないエルメラも明言は避けていた。


 ――早くても一週間。たったそれだけの間に、毎週放送のアニメの収録はあるし、ゲームのキャラクターの声の収録もあったし、ラジオのゲスト出演の予定もあった。


 それが全てキャンセルになる。そう思うとゾッとした。これまで積み上げてきたものが、全部消え去ってしまう。わたしは自分の声を唯一無二だと思っているけれど、それでも代わりはたくさんいることを知っている。


 悶々と考えていると眠れないかもと思えて来る。でも、実際には一日中歩きっぱなしだったし、精霊を二回も戦わせた。いつの間にか睡魔はやって来ていた。




「ふんっ、ふんっ!」


「う、うーん……」


「ふんっ、ふんっ!」


「なあに? こんな朝から」




 ベッドの足元で寝ていたエルメラが、眼をこすりながら身を起こす。わたしはじんわりとかいた汗を拭った。




「エルメラ。おはよう!」


「なにしているの、ユメノ?」


「腹筋」




 わたしはベッドの上で腹筋運動を繰り返していた。ふわふわと飛んできて、まだ眠そうな顔をしているエルメラは首を傾げる。




「なんで?」


「もちろん、いい声を絶やさないためよ! さあ、次は発声練習!」




 ベッドから立ち上がって、軽く伸びあがる。なるべく早く帰るけれど、すぐには元の世界に帰れない。それなら戻ったとき、元のように声を演じられるように、鍛錬を怠らないようにしないといけない。一度失った信頼は簡単には戻らないだろうけれど、わたしは絶対に夢だった声優の仕事を続けるんだ。






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