第六十四話 未開の地へ
ノームは真摯に町の人たちや樹木にされていた人たちの要望を聞いている。ほとんどの人が話し終わって、その場から去って行った。
わたしはこのときをずっと待っていたのだ。
「ねえ、ノーム。わたしの要望も聞いてくれる?」
「おお。巫女殿。あなたにはわたしを止めていただき感謝している。何なりと申し付けてくだされ」
巫女殿という呼び方にちょっと違和感を覚えるけれど、わたしは早く言いたくてしょうがなかった。
「あなた、何でも斬れる剣を作り出すことが出来るのよね」
「いかにも」
「じゃあ、じゃあ! わたしとエルメラの間に見えない結びつきがあるみたいなんだけれど、それを斬って!」
わたしとエルメラの魂を繋いでいる見えない結びつき。それがわたしをこの世界にいるように留めているそうだ。以前、サラマンダーが言っていた。
だから、その結びつきを斬れば、わたしは元の世界に帰れるってわけだ。ノームはわたしとエルメラを交互に眺める。
「確かにあなたと妖精殿の間には魂の結び目がありますね」
「そう! それ!」
どうやらサラマンダーと同じようにノームにも見えるみたい。わくわくと剣が作り出されるのを待つ。だけど、予想外の答えが返ってきた。
「ただ、それはわたしの作り出した剣では切れません」
「へ??」
思わず間の抜けた顔になってしまう。
「わたしが作る剣はこの世のどんな物質も斬ることが出来ますが、魂の結び目は物質ではありませんからね」
「じゃあ、ノームでは無理……?」
「はい」
はっきりした返事を聞き、落胆と共に怒りがふつふつと湧いてきた。このことをサラマンダーが知らない訳がない。
「サ・ラ・マ・ン・ダー……」
「吾輩はてっきり斬れると思っていたがのう」
なんてとぼけた声で言う。絶対に知っていたんだ。
「もう! じゃあじゃあ! どうやったら元の世界に帰れるっていうの!? ノーム知らない!?」
ノームに詰め寄るけれど、視線をキョロキョロさせてあわあわするばかりだ。
「い、いや、そんな方法分かりませんし、わたしにはいいアイデアは浮かびませんね」
「むきーっ! なんで四大精霊の王が二人も揃って分からないのよ!」
わたしは地団駄を踏む。サラマンダーが少し怯えた様子で、思いついたように言う。
「そうそう! その四大精霊が揃えば何かいい案が浮かぶかもしれぬぞ、ユメノ。なんといっても、世界を統べる王が四人だぞ。特にウンディーネなど、吾輩たちより冷静で思慮深い性格をしている」
「えー……、だってその二人もおかしくなっているんでしょ?」
サラマンダーのときも、ノームのときも大変だったのに、また危険な場所に飛び込みたくない。
「うむ。シルフとウンディーネも、吾輩たちのように元のままではないだろう。精霊たちが暴れているからには間違いない。だから、ユメノ。それを止めるのはユメノしかいないのだ」
「うーん……」
腕を組んで考える。わたしじゃなくてもいい気がする。サラマンダーとノームが直接行けばいいんじゃないかな。
でも、ウンディーネのいる精霊の海は、サラマンダーには酷な場所だ。そこに二人だけで行かせるのは友達として失格のような気もした。
「ユメノが行くなら俺も一緒に向かおう。ウンディーネはあの通り、精霊の海のどこかだ。一筋縄ではいかない。まずはシルフだ」
イオが勝手に話を進めだす。
「いや、わたしは別に行くとは……」
「シルフは大陸の北東の未開の地にいるんだよね。ここからだと割と近いかも」
エルメラまで話を進め、サラマンダーが頷いた。
「シルフか。いたずら好きのあやつは今どうなっていることやら」
思いにふけるサラマンダーの鼻先にエルメラは飛んでいく。
「人を惑わしておかしくなっているって聞いたけれど」
「面白おかしいやつではあったが……」
サラマンダーは心の底から心配している様子だ。以外に情に厚い竜なんだよね。
ノームもサラマンダーに同意するように頷く。
「いたずら好きと言っても、惑わすようなことはしません。わたしのように何かに憑りつかれているやもしれません。そうだ。イオ殿」
ノームがイオを見上げる。
「わたしもサラマンダーのように、あなたの精霊石に宿りましょう。いつでも、呼ばれれば参上いたします」
「……分かった」
イオは複雑な顔で頷いた。きっと、自分を苦しめた本人の力を借りるのは不本意なんだろう。でも、ここは借りていた方が旅は楽になる。利便性の方を優先したみたい。
そこへ、カカがわたしの元へ飛んできた。
「俺はすまないけど、ここに残るよ。ありがとうな、イオ、ユメノ」
カカはこれから妖精の樹を復活させるために働かないといけないからだ。一筋縄にはいかないから、こっちには構っていられないだろう。
「……仕方ないなぁ」
わたしは観念した。向こうの世界では時は止まっているらしいから、こちらでいくら時間を過ごしても同じだ。ノームを倒すことと一緒で、シルフやウンディーネも何とかしよう。
「じゃあ、明日出発よ!」
わたしたちの向かう先はシルフの元、北東の未開の地だ。
ノーマレッジの跡地には、一日で多くのテントが張られた。すぐに家は建たないけれど、近くの森から取れる木材はたくさんある。仮の家が建つのもあっという間だろう。
わたしはノーマレッジで着ていた、おへその出ている服ではなく、フードがついた赤茶色いマントに着替えていた。イオも口元を布で隠して、以前からのマントを羽織っている。
テントから離れた場所には町の人々が集まっていた。その中にはジュリさんの姿もある。
「イオお兄ちゃん、気を付けてね」
昨日やっと再会できたのに、ジュリさんと離れ離れになるイオ。あまりに早い別れだ。わたしはイオの顔を下からのぞき込む。
「ゆっくりしていかなくていいの? せっかく会えたのに」
「ああ。ステラのときに一緒に過ごしたからな。それをジュリも覚えている。それにまた戻ってくるから大丈夫だ」
イオの顔はこれまで見たことがないくらい晴れやかだ。
「ジュリさんのことは、自分にお任せください。お兄さん」
カッツェが前に出て、イオにお辞儀をする。いきなりお兄さんだなんて、改まっているけれど、イオは怒るんじゃないかと思った。
「ああ。任せる」
だけど、イオはカッツェの肩に手を置いて頷くだけだ。二人ともこれまで過ごしていた態度と全く違って、わたしは首をひねった。
「妹に変な虫がついて嫌じゃないの?」
「カッツェは変な虫じゃないからな」
「ふーん」
昨日、夜遅くまで三人で話していたみたいだ。ジュリさんに色々聞いたと言っていたけれど、カッツェのことを認めているということだろう。
「みなさん」
「ムウさん」
やって来たムウさんの横には花の精霊ミラーもいる。ノームを倒したあと、自分からムウさんの元へ帰っていったのだ。ムウさんがわたしとイオに頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
わたしとイオは顔を見合わせた。そして、すぐに笑顔を浮かべる。
「仕方ないよ。あのときはノームにほとんど操られているような状態だったんだから」
「ああ。ムウが気にしることじゃない」
ムウさんは苦しそうな表情で胸に手を当てて言う。
「でも、わたしは彼が本物のノームだと確信すると、ほとんど抵抗しなかったのです。自ら落ちて行ったと言っても過言ではありません」
ムウさんの瞳からはハラハラと涙が落ちた。わたしたちに謝っても、これでは自分を許せないだろう。ずっと自分を責めているのは苦しい。でも、少しでも一緒に旅をした仲なのだから、苦しい思いはして欲しくない。
「じゃあさ。わたしたちを見送るとき一曲弾いてよ」
「曲ですか?」
「うん。また旅に出るわたしたちを鼓舞するような。正直、大変そうでやだなぁって思っているんだよね」
すこし茶化して言うと、イオにちょっとだけ睨まれる。ムウさんは小さくふふと笑う。
「分かりました。では、皆様の無事を祈って」
たて琴を弾き始めるムウさん。優しくも力強い音が辺りに響いた。
「じゃあ、行ってきます! サラマンダー!」
「うむ! これは吾輩を鼓舞する曲である!」
精霊石の中からサラマンダーが赤い光を放って飛び出てくる。
「行ってきます!」
人々が手を振る中、わたしたちが乗り込むと、サラマンダーは北東へと飛び立った。




