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声優召喚!~異世界に召喚された声優は最強の精霊使いです~  作者: 白川ちさと
サラマンダー編

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第二話 胸を張って言える!



 わたしは火の蛇が村の建物を食らうさまを見て、ごくりとのどを鳴らす。




「あれが、精霊?」


「そう。火の精霊。急ごう!」




 わたしとエルメラは慎重に村の奥へ入っていく。よく見ると家の側で指を組んで、ブツブツ言っている人がいた。そこは火の回りが遅いみたいだ。


 とはいえ、既に火の蛇に食い荒らされてボロボロになっている家も多い。




「こんなに……」




 あんまりの様子にわたしは青くなるばかりだ。




「あ! あのおばば……、おばあさんのところに行って!」




 エルメラが指さす方向を見ると、黒いローブを着た腰の曲がったおばあさんがいる。男の人が側で支えていて、杖も付いているけれどふらふらしていた。




「そ、そうね。早く避難させないと」




 わたしはすぐに駆けて、おばあさんのところに行く。すると、おばあさんもお祈りのようにブツブツと何かを唱えていた。




「大丈夫ですか!? ここはもう危険です。逃げてください!」




 お祈りで火を遠ざけようとしているみたいだ。火の蛇はボロボロにした家の隣には移れなくて右往左往している。わたしの声掛けに、おばあさんと男の人が振り返った。




「「巫女さま!」」


「いッ!」




 まさかエルメラのように、いきなり巫女さまだなんて呼ばれるなんて思ってもみなかった。わたしが驚いている内に、二人は詰め寄って来る。




「よくぞ、来てくださいました。巫女さま。いま、おばばが食い止めております」




 もう二人の中でわたしはすっかり巫女さまになっているみたいだ。どうしてだろうか。妖精のエルメラが側にいるからだろうか。でも、いまはまごまごしている暇はない。




「えーと、村の人は避難したの?」


「ええ。言霊が使えないものたちは全員川の方へ」


「そう」




 男の人の言葉にほっと息をつくと、おばばがわたしをジッと見つめているのを感じた。おどろいたような顔で、もにょもにょと口を動かす。




「あなたは……」


「わたしが何か」




 黒いフードの下から瞳だけでわたしを見上げていたけれど、おばばはすぐに首を横に振った。




「いいや、いまは時間がない。これを」




 おばばは持っていた杖の布をはずした。するとクリスタルのような石がついている。大きくて、向こう側が透き通って見えた。




「ええと?」




 差し出してくるので、つい受け取ってしまう。こんな高価そうなものを貰っていいのだろうか。ただ、周りの人たちはわたしが持つのが当たり前みたいな顔をしている。


 男の人は村の奥を指さした。




「火の精霊が宿ったのは、奥の家のかまどです! お願いします、巫女さま!」




 肩に乗っているエルメラも勇んで言う。




「行こう、ユメノ!」




 奥の方は火の勢いがさらに強い。わたしはグッと杖を握りこんだ。


 どうしてわたしだけにしかどうにか出来ないかは、分からないけれど――




「仕方なくだからね!」




 わたしは元凶の元へ走っていく。











 火の蛇たちが躍る家々の間をわたしは走った。




「ねえ、これからどうするの! 水をかけたりした方が」


「そんなの精霊の炎の前には無意味! 雨が降っても消えることのない炎よ! 精霊を鎮めるには言霊でしかできない! 森に炎が移る前に!」


「……責任重大じゃない」




 わたしはある場所までやって来ると足を止める。目の前には炎が燃え盛る家。炎の大蛇が巻き付いている。例のかまどに火の精霊が宿った家だ。


 明らかに他の家とは炎の勢いが違う。見つめていると、炎の中で蛇の瞳が開いた。炎が同じ方向へと渦巻いていく。ただの燃えている家が一瞬で、大蛇が巻き付く家へと変化してしまった。こいつがきっと他の家にも飛び火している蛇の親分だ。


 ぶわっと肌の穴から汗が出て来る。炎にあおられて、長い髪も大きく後ろになびいた。




「こ、こんなやつを相手にするの!」




 肩にいるエルメラも冷汗をかいている。


 それでも自分を鼓舞するように、わたしに話しかけてきた。




「さぁ、ユメノ。言霊の出番よ。わたしに続いて。火の精霊よ」




 言霊という単語を耳にして、やっとなぜ(・・)わたしなのか感づいた。精神を統一して言葉を繰り返す。




「火の精霊よ」


「ここはお前のいるべきところではない。鎮まりなさい」


「ここはお前のいるべきところでは……」




 ゴオオオォォア




 炎の大蛇が大きな口を向いて、威嚇してきた。火の粉が舞い、さらに近くのものに燃え移る。もちろん、わたしにも熱風が襲い掛かり肌を焼く。




「全然ダメ! もう一度!」




「ひ、火の精霊よ! きゃあッ!」




 再びゴウッと熱風が吹く。甘く見ていた。まともにセリフを言うどころではない。そもそもここは、安全な収録スタジオではないのだ。このままでは、わたしも燃やされてしまう。ただ、退路は既に火に囲まれている。エルメラも分かっているのだろう。火の蛇を見つめたまま叫ぶように言う。




「もう一度!」


「ここはお前のいるところでは……」




 何度も繰り返して、乾燥した空気に息をするのも絶え絶えになって来た。エルメラが前に来て励ます。




「がんばって! ユメノしかいないの!」


「ああ、もうッ!」




 堪忍袋の緒が切れたとはこのことだろう。わたしは目の前のエルメラをむんずと掴んで、言いたいことをぶつけ始める。




「勝手に連れてきておいて、なに!? こんなヤバい奴と戦わせるなんて、聞いてないどころか本当頭くるんですけど!」




 エルメラはわたしの手の中で暴れるように、わたしに暴言を吐いてきた。




「だって、呼んだものはしょうがないじゃない! 村がこんなになるなんて思ってないし、全然期待はずれ!」


「このわたしに向かって、期待はずれですって?!」


「そうよ! だって、全然声に魂入ってないだもん!」


「……んなッ!」




 期待はずれ。一番嫌いな言葉だ。わたしはいつだって、誰かの期待に応えられるだけの努力をしてきた。もちろん、声にイメージが合わないことは絶対にある。未熟だった時期だってある。だからって、いまの状況では一番そぐわない言葉に違いない。




「ふっ、ふふっ」


「ユメノ?」


「声に魂がない? 誰に向かって? わたしはね!」




 わたしは自分の胸に手を当てる。




「いま、絶賛売り出し中の声優なのよ! そのわたしに言霊が使えないなんて絶対に言わせないわッ!」




 違う世界だろうが、マイクがなかろうが、やってやろうじゃないの。わたしはキッと炎の大蛇を睨む。声を届ける観客はあいつだ。


 ――ううん、違う。見ているだけじゃなくて、物語に引き込まなきゃいけない。あいつは共演者。暴れるあいつを鎮める。つまり服従させる。




「それなら」




 わたしは杖を両手でつかんでマイクのように持った。大きな口を開けてお腹の底から叫んだ。




「整列ッ!」




 大きな声に驚いたのか、迫力に慄いたのかは分からない。けれど、炎全体がびくりと震える。




「兵たちよ。よく集まってくれた」


「ユ、ユメノ?」


「そこの者! 気が散っているぞ!」




 わたしが指を真正面に指さす。炎の大蛇全体が揺らめいた。




「これから貴殿らは、戦地へと向かってもらう」




 これらは昨日オーディションがあった戦う姫君ユーリ、そのセリフだ。オーディションでは使わなかった場面けれど、わたしは気に入っている。炎の大蛇がジッとわたしを見つめている気配がした。だけど、気を散らさずに演技を続ける。




「戦地では予想もつかないことが起きる。隣の友が倒れ、自分自身が傷つくことも多々あるだろう。だが、ひるんだら負けだ!」




 原作漫画は何度も繰り返し読んだ。役作りは完璧だ。わたしの声にはユーリがいる。剣に見立てた杖をかかげた。




「兵たちよ! ひるまず戦え!」




 目の前の炎が震え、一瞬大きく膨張した。すぐに小さくなり、村に飛び散っていた炎が大蛇の元に収縮していく。



 エルメラは目を丸くして、キョロキョロと辺りを見回していた。




「これは」




 村の火の蛇が集まり、一匹の大蛇だけになる。しかし炎の大蛇も、小さく縮んでいき終いには透明な玉になった。玉の中には小さな炎が燃えている。


 浮いている玉を見て、ハッとするエルメラ。




「ユメノ! 名前を付けて!」


「えっ! 名前!?」




 いきなり名前を付けろと言われても、どうしていいか分からない。




「なんでもいいから! 早くしないと消えちゃう!」


「え、えーと、名前はホムラ!」




 わたしが宣言すると透明な玉が、杖のクリスタルの中に吸い込まれていく。のぞき込むと中には赤い小さな玉が浮かんでいた。村を見回すと、炎はもうどこにもなかった。火種のひとつすらない。




「何とか、なった……?」




 返事する人はいない。けれど、ずっとバチバチと燃えていた火の粉の音もしなかった。




「はあぁぁ……」




 わたしは思わずその場にへたり込む。気合いが入ったからよかったものの、本当にわたし自身が燃やされても全く不思議じゃなかった。目の前にエルメラが飛んでくる。




「すごいよ! あんなに暴走した精霊を使役するなんて!」


「使役って、この小さい玉のこと?」




 わたしはクリスタルの中の小さな玉を指さす。




「そうだよ。ねぇ、だけど、どうして違う人みたいな声をいきなり出せたの?」


「あれは役になりきっていたの。わたしは声優だから!」





 いつだって胸を張って言えるけれど、わたしはいっそう胸を張った。




「言葉に魂を込めること。それって声優の絶対領域なんだから!」






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