7 弟子の試練、妖力の暴走
《これまでのあらすじ》
山あいの町・灯霞で、半妖の少年ギャランは魔女アイラのもとで魔力と妖力の制御を学んでいる。彼の不安定な力は、時に暴走し周囲を困らせるが、町の生活と共に少しずつ成長していた。そんな中、百年に一度咲く“オーベラ”の花が町を賑わせ、ギャランの修行にも新たな試練が訪れる。
ギャランが黙々と魔力石と向き合い、額に汗をにじませながら気を集中させていたそのとき。
突然、家の外でピシリと乾いた音が響いた。
「……あーっ、また! あんた、結界壊したでしょ!」
アイラの怒声が飛び、ギャランが顔を上げると、玄関のあたりでお馴染みの男が堂々と立っていた。
「結界、見えてるのになんで力づくで通るのよ! 責任持って張り直しなさいって、いつも言ってるでしょ!」
目を三角に吊り上げたアイラが、レオニダスの頭をパコーンと叩く。レオニダスは頭を押さえながらも、どこか楽しげだった。
「だってさ、綺麗な破り方がわからないんだよ。糸は見えるから、飛んでみたり、隙間を引っ張ってみたり、いろいろ工夫したんだけど――不思議と破れるんだよなあ」
「いやそれ、破ること前提だから! ていうか、招いてないと入れない仕様なの、うち!」
「じゃあ、招いてくれよ。なあ、ギャランー? お兄ちゃんが来てやらないと寂しいだろ?」
そう言って、レオニダスは勝手に奥へと入り、ギャランのそばまでやってきた。そして、何の断りもなく手を伸ばし、机に置いてあった妖力石を手に取る。
「おいレオ兄、それは……!」
ギャランが止めるよりも早く、レオニダスの手の中で妖力石はパンと音を立てて粉々に砕けた。
「なんだ? この石、脆すぎるだろ」
「あーっ! せっかく今日は“壊さない”ところまでいけてたのに! 無駄遣いすんなよ!」
ギャランが珍しく語気を強める。明らかに不服そうに、じとっとした目でレオニダスを睨む。
「おいおい、ギャラン。お前、そんな擦れた子だったか?」
冗談めかした声とともに、レオニダスが眉を下げて苦笑する。けれどその軽さに、ギャランはむすっと唇を尖らせたまま、睨みを解かない。
「もう少し加減ってものを覚えてくれない? この前だって、ここの扉壊してさ」
ぶつぶつと抗議するギャランの声に、アイラが腰に手を当てて一歩前に出た。
「ほんっと、力の加減がない兄弟ね。まったく、これで繊細な作業とかできるのかしら?」
アイラは、床に散らばった妖力石の粉末を指先で拾い上げて、小さくため息をつく。
「ちなみにこれ、“妖力石”って言って、霊峰山のダンジョン深部にしか転がってないの。妖力を効率よく貯められるから、妖の間でもけっこう重宝されてるのよ」
「へぇ。そんな貴重なもんだったのか。悪いな、つい力が入っちまって」
レオニダスは、後頭部をぽりぽりと掻きながら視線をそらす。まったく悪びれていないその態度に、アイラはますます眉をひそめた。
「これをちゃんと使えるようになるとね、不調のときに一時的に溜めていた妖力を引き出して使えるようにもなるの。ギャランは今、それを練習してるの。だから――」
アイラはじとっとした目でレオニダスをにらみつけた。
「――邪魔しないでくれる?」
「うっ……悪かったって」
レオニダスがたじろぎかけたその時、アイラがぽつりと呟くように言った。
「というか……あんたさ、妖力過多のとき、どうしてんのよ」
その一言に、ギャランも首を傾げた。レオニダスは妖の中でもトップクラスの力を持つはずなのに、暴走した様子は見たことがない。
当の本人はというと、指を組みながら首をひねった。
「……あー、そうだな。力が満ちてくると、誰かと殴り合いでもしたくなるから、いつもダンジョン行ったり、魔物倒して終わりだな」
「……脳筋……」
「脳筋だね……」
アイラとギャランの呆れた声が見事にハモった。
「……ダンジョンで攻撃に使えるならいいんだけど、今の俺、自由に扱えないし、防御もできないんだ」
ぽつりとギャランがつぶやいた言葉に、アイラが小さくうなずいた。
「そうよね。レオニダスのやり方が参考になればいいんだけど……あれはあれで例外だからね。あの子はほぼ無意識に妖力を流してる。普通なら、あんなの真似できないわ」
ギャランも頷く。兄の戦い方は豪快で、力任せなのに無駄がない。けれどそれは、彼が“意識しなくても妖力が自然に流れる体”だからできること。ギャランにとっては、制御が何よりの課題だった。
「おい、例外ってなんだ。例外って!」
レオニダスが騒いでいるが、放置。
「魔力は、だいぶつかみかけてるんだけどね」
ギャランが手を広げると、アイラがそっと自分の手を添えた。
「そう。ここ、小さい針の穴みたいな感覚だけど……魔力、ちゃんと外に出始めてるわよ」
ギャランの手のひらから、ほんのり淡い光がにじむ。微細ながら確かな流れ。それが、これまでの修行の成果だった。
……けれど。
アイラはふと、口角を上げた。やや悪戯めいたその笑みに、ギャランが一瞬たじろぐ。
少し、刺激を与えてみようかしら
「はい、ちょっとこっち来て。今日はこれ、使ってみよっか」
アイラの部屋に戻ったかと思うと、ガラス管のようなものを持って帰ってきた。
「……それ、なに?」
「“魔力導線”。簡単に言えば、魔力のホースね。魔女の間ではおなじみの訓練用アイテム。これで魔力を通す練習ができるの」
アイラは、ガラス管の片方を自分の指先に、もう片方をギャランの手の甲にあてがった。
「いくわよ、少しだけだから。ちゃんと集中しててね」
「う、うん……」
ギャランが身構えた瞬間――
ビビッと、ガラス管の中を青白い光が走った。
「うわあああああああ!!?」
電気が走るような鋭い感覚に、ギャランの体がびくんと跳ね上がる。直後――
ぱーん!
魔力石が音を立てて砕けた。
「……これが“ちゃんと流した魔力”よ。さっきのは、あたしの力だけど、あんたの穴から出したからね」
ギャランは、目を見開いたまま、ガラス管を見つめていた。手の甲には、針先ほどの穴。それでもそこを通して押し込まれた魔力は、まるで滝のような勢いだった。
「……お、俺の手、まだあるよね……?」
「あるある、大丈夫。ただの入り口訓練だから」
「いや絶対ただじゃないから、これ……!」
ギャランは手を抑えて震えながら文句を言ったが、内心では確かな手応えを感じていた。自分の中に流れる魔力――それがようやく、ほんの少しだが“確かにある”と認識できたのだった。
一方
その頃――ギャランのすぐ隣で、腕を組みながら興味津々に見物していたレオニダスはというと、
「う、うわぁああああっ!」
と、ギャランの悲鳴と石の破裂音に見事に釣られ、尻もちをついて腰を抜かしていた。
「……おい、なんであんたが腰抜かしてんのよ」
アイラが呆れ果てた声でつぶやき、そのまま無慈悲にレオニダスの脇腹を蹴飛ばす。
「ぐえっ!」
思わぬ一撃に情けない声をあげながら、レオニダスは地面をごろりと転がった。いつもなら何事もなかったように立ち上がるくせに、今日はなぜか真剣な顔で砕け散った魔力石の破片を見つめていた。
「……すげぇ。あんな小さな石が……」
彼の顔には、珍しく“恐れ”の色が浮かんでいる。その大男が、本気で怯えているのがわかって、ギャランは少しだけ目を見開いた。
それを見たアイラは、ふっと肩の力を抜き、鼻を鳴らした。
「ほんと、すごい力は持ってるくせに、こういうところで素直にビビるんだから……なんだか、憎めない男よね」
そう言って、彼女は砕けた魔力石の欠片を復元魔法でなおしながら、苦笑交じりに呟いたのだった。