6 オーベラの年に咲く不穏
「最近、熟睡ドリンクがよく出ますね」
帳簿をめくりながらギャランがつぶやくと、向かいで作業していた彦がにこっと笑う。
「雨も湿気もすごいですからね。寝苦しいんでしょう」
少し前まで売れていたのは、腰や関節に効く薬。
でも今は、眠れる系のドリンクが飛ぶように売れている。
「飲んだら本当にぐっすりでした!」
「これがないと夜が越せない」
そんなリピーターたちの声が、町にじわじわ広まっていた。
「これからしばらく、雨は続くみたいですね」
空を見上げながら、彦がそう言う。
ギャランもつられて空を見上げた。
灰色の雲が、灯霞の町をどっしりと覆っていた。
通りにはカラフルな傘や合羽がずらりと並び、赤提灯が灯る頃には、道が埋まるほどの人だかりになる。
(雨ですら商機にしてる……)
人間界のたくましさに、ギャランは少し感心した。
「今日は混みそうですね」
織が外をちらりと見て言った。
「じゃあ、今日は早めに閉めましょう」
ぱたんと看板を裏返し、灯りが落ちた店内に、少しだけ静けさが戻る。
──食事が終われば、夜の修行だ。
⸻
雨の通りを抜け、ギャランは裏道へ入る。
店から家までは一本道じゃない。何度曲がったか覚えていないほどの迷路だ。
(今日もやっぱり、ひとりじゃ帰れないな……)
そうぼやきながら扉を開けると――
「おかえり。今日は早仕舞い?」
いつもの場所で、アイラが振り返った。
「雨のせいで、観光客すごくて。織が“オーベラのせい”って……」
ギャランの報告に、アイラの顔がピシッと強ばる。
「……は? オーベラが咲くの?」
「え、そんなにヤバいんですか……?」
「ヤバいなんてもんじゃないわよ。超臭いし、妖の気を吸うのよ、あれ」
百年に一度咲くと言われる幻の花――オーベラ。
見た目に反して、とんでもない“毒”を持つ花だった。
「でも、枯らすわけにもいかない。儲かってる人もいるしね」
アイラはそう言って、机の上に魔力石と妖力石を並べる。
「さて、ギャラン。今日も訓練、やるわよ」
「……またこれですか」
魔力石には、魔力を満タンに。
妖力石には、妖力を満タンに。
ただし、成功確率は――0%。
魔力石はびくともしない。
妖力石は、軽く触れただけでパリーンと割れる。
「魔力は“意思”で出すもの。妖力は“勝手に出る”もの。
あんたはどっちも持ってるんだから、どっちも練習しなきゃいけないのよ」
そう言いながら、アイラは腰に手を当てて笑った。
ギャランは肩を落としながらも、魔力石を手に取る。
(満タンまで、か……)
それはまるで、まだ眠っている“自分の力”に、手を伸ばすような作業だった。