最後の番外編: 記憶を消されても、俺たちは戻ってくる
ギャランは、ずっと違和感を抱えていた。
買った記憶のない素材。
自分の物じゃない気がする道具。
やけに丁寧な説明書き。
そしてなにより、自分のアトリエなのに――
どこか、他人の部屋みたいだった。
「織さん、今日もご飯、多くないですか?」
冷凍魔法ブリザードで保存してるとはいえ、作り置きが日に日に増えていく織の料理。
「そうなんですよ。つい、作りすぎちゃって……あ、食器も増えてきちゃって」
ギャラン、彦、織――三人の食事なのに、なぜか用意されているのはいつも五人分。
「食器って基本、五枚セットですからね」
その日の朝、彦がぼんやりと呟いた。
「今日は蒸し暑そうだから、出かける前に窓を開けとこうかな。この……使ってない部屋も開ける?」
使ってない部屋。
余ってる食器。
見覚えのない道具。
ギャランが、びしっと指を立てた。
「なんか、おかしい!!」
「私も……思ってました」
「この違和感、なんなんだろう?」
記憶が、抜けている?
誰かが――あと二人、いた?
……そんなこと、できる人がいるのか?
「神だ!!!」
三人の脳内で、ガシャンと何かが砕ける音がした。
「思い出しました!」
「思い出しましたよ!」
「思い出しましたとも!!」
「――犯人は、レオ兄と師匠ですね。イチャイチャしたいから、俺たちが邪魔で記憶消したんだ!」
「レオ様、ヘタレですからねぇ。意外とアイラ様の方かもしれませんよ。ぐいぐい肉食系ヒロインっぽいですし」
「いやいや、レオ様はムッツリ系スケベえです。『二人きりで過ごせば……ふふふ』って絶対思ってた!」
ギャランがきっ!と賢者の塔の方角を睨みつけた。
「二人して楽しいことして! 僕たちの記憶消して! 抜け駆けなんて、ひどすぎる!!しかも俺は唯一の弟子なのに!!」
「お引っ越しまでさせられましたしね」
「杏のお酒、楽しみにしてたのに~!」
「賢者の塔、突撃ですね」
*
その後の準備には、少し時間を要した。
食料、テント、魔道具、そして武器――素材集めから始める必要があったからだ。
「レオ様、ヘタレ直ってますかね?」
彦が武器の手入れをしながら言う。
「むしろ常世神様がそばにいてもヘタレ続行してるかも」
織が肩をすくめた。常世神そのものになったなんて夢にも思ってない
「レオ兄のことだ。『ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し♡』って、一人で妄想してても驚かない」
ギャランも同意する
「ありえる」
三人が揃ってうなずく。
「でもアイラ様、あんなに魔道具作りうまいのに、生活力ゼロなのよねご飯、ちゃんと食べてるのかしら」
織が心配そうに呟く。
「レオ兄、実は不器用ですしね。身の回りのこと大丈夫かな」
「まさかとは思うけど……野宿してないよね?」
彦も眉をひそめる。
準備は完了。
お店の扉には「少しの間お休みします」の張り紙をペタリ。
いざ! 賢者の塔へ――!
*
その頃、賢者の塔・最上階。
「くしゅっ! くしゅん……あれ、風邪は治ったはずなのに」
アイラがくしゃみを連発していた。
「誰かが噂してるのかもね」
「いや……ないよ」
レオニダスが小さく笑う。
「だって……もう誰も、俺たちのことを覚えてないから」
三人の記憶は、消した。
命あるギャランは、俺たちと一緒にはいない方がいい
ちゃんと本来の世界で暮らすべきだ
自分たちの選択で。
“あの場所”を守るために。
「……ん?」
レオニダスの眉がぴくりと動く。
「アイラ、なんか……下からすごいスピードで、誰か駆け上がってきてる」
「魔物? でも気配が違う……」
「いや、これは……怒り!? めっちゃ怒ってるエネルギーを感じる!」
「まさか、新闇夜神……!?」
「アイラ、武器を!」
「了解! どこの誰でも、この塔には――」
バァン!!!
爆音と共に何か吹き飛ぶ。
「レオ兄ィィィィィ!!!!」
「覚悟なさいよぉぉぉぉッ!!!」
「まずはご飯作らせなさい! 」
「……えっ???」
目の前に現れたのは、満面の笑みの織。
怒りに震えるギャラン。
そして大縄を担いだまま仁王立ちする彦。
「き、記憶……戻ってる!?」
「なんで!? 消したはずじゃ……」
「抜け駆けしてんじゃない!!」
「アイラ様、生活できてる!? ちゃんと食べてた!?」
「全部説明してもらいますからね! 何から何までだッ!!」
こうして、五人は再会を果たした。
言いたいことを言い合い、少しだけ怒って、でも――
結局は、みんなで仲良く。
杏のお酒と、美味しいご飯を囲んで、笑い声が響く夜が戻ってきたのだった。
――番外編、これにて本当に完結。
これで、番外編も含めて終わりとなります。
読んでくださった方、初めての作品なので稚拙な部分も多かったと思いますがありがとうございました。
また次の作品も、きていただけると嬉しいです




