5 魔女の店は客を選ぶ―灯霞の朝と打ち水の結界
灯霞の町に並ぶ店々は、まるで“欲しいもの”を全部詰め込んだ山のようだった。
通りを歩けば、八百屋、肉屋、食堂、甘味処、飲み屋、お茶屋、楽器屋、占い屋、雑貨屋……あらゆるジャンルがぎゅうぎゅうに詰まっている。
さらに少し裏手に入れば、薬屋、マッサージ屋、美術商、職人の店――生活に密着した店が並び、どの店も看板と香りで存在を主張していた。
(こんなに店があったんだ……)
ギャランは思わず見とれた。
妖界にも、夜になれば似たような店が並ぶのだろう。
けれど、これまでの彼にそれを楽しむ余裕はなかった。
日々、周囲の視線から逃れるように過ごしていたからだ。
半妖のギャランは、見た目がほとんど人間だった。
そのため、妖の世界ではどうしても目立ってしまう。
だからこそ、灯霞の自由な空気が不思議でたまらなかった。
その町の片隅に――魔女の店はある。
ここは、魔女の薬を求める者だけが訪れる店……かと思いきや、実はかなり異色な場所だった。
この国では見たことないと言われる抹茶と和菓子を提供しているのだ。
「昔ね、すっごく苦い緑の泡だったお茶を飲んだあとに、甘いお菓子を食べたらクセになっちゃって」
と、アイラは笑う。
それがきっかけで、薬屋の隣に喫茶スペースを併設するまでに発展したらしい。
本来なら、抹茶には礼儀作法や型があるそうだ。
けれどアイラのスタイルはもっと自由だった。
作法よりも味。雰囲気よりも季節の彩り。
季節の花を背景に、彦が淹れた抹茶と織が用意した和菓子を並べる――
それが「魔女の店」の看板セットとなっていた。
喫茶スペースは彦と織が担当し、ギャランは店の奥の薬屋を受け持っていた。
「いらっしゃいませ」
その言葉を口にするたび、ギャランはほんの少しだけ、自分がこの世界に必要とされている気がしていた。
半妖という立場のせいで、妖の世界でも人間の世界でも居場所が定まらなかった彼にとって、この一言は魔法みたいな力を持っていた。
今日も朝の仕事のひとつ――打ち水を任される。
アイラ特製の、ちょっと不思議な“魔女の打ち水”だ。
柄杓で水をすくって、店の前にしゃっと撒く。
夏の陽射しに湿った石畳が光って、ひんやりと涼しげな香りが立ちのぼる。
この町では打ち水が商売繁盛や福を呼ぶと信じられていて、他の店でもよく見かける。
けれど、アイラの打ち水は一味違う。
撒いた瞬間、ふわっと魔力が漂うのがわかる。
ただの水じゃない――これは、悪意を遠ざける“結界”にもなっていた。
実際、この店の前には妙に雰囲気の悪い客が近づくことはできない。うろうろと周囲を回って、まるで店の存在に気づけないまま、いつのまにか通りすぎていく。
最初こそ不思議だったけど、今ではもう慣れた。
「私の店は、店が客を選んでるの。それが、うちの打ち水の役目よ」
そうアイラは言って笑う。
彼は今日も、水の音とともに、小さな安堵を胸に抱いていた。