57 金色の光にさよならを
賢者の塔の神殿の奥、そこにいたのは――彼だった。
「……レオ? それとも」
ゆっくり振り返ったその顔。金色の瞳が、ふわりと揺れる。
「……ああ、常世神ね。レオとは雰囲気がちがうもの」
「さすが、愛し子だね」
その顔で微笑むな。反則だろ、それ。
「遅くなったけど、ありがとう。あのとき助けてくれなかったら、私……」
「闇夜神の魔力源にされてた。そんな結末、見たくなかったよ」
常世神の声は淡々として、それでいて少し滲んでいた。
「昔、君が塔に来たとき、見てたんだよ。まっすぐで、強くて……どうしても助けたかった。それなのに、わたしは闇夜神と一緒にいる君を助けて良いのか躊躇してしまった」
「……仕方ないじゃない。それは」
「でも、今は違う。今度こそ助けられた。……君の“好きな人”のおかげでね」
「……レオが?」
「うん。私の依代になってくれた。迷わずに。……たぶん、すごく苦しかったと思うよ。闇夜神の血族だから拒絶反応が強かった」
ふっと、微笑んだ。
「それでも君を守りたいって、そう言った」
「……バカね」
「で、君。わたしとの“誓い”覚えてる?」
「……覚悟してきたわよ」
「でもね、困ったことがひとつ」
その瞬間、常世神はレオの声で高らかに言い放つ。
「健やかなる時も、病める時も――
富める時も、貧しき時も――
これを愛し、敬い、慰め、助け――
命ある限り、真心を尽くすと誓う!」
「ちょっっっ、やめてええええっっ!」
顔が真っ赤になった。 声でかい!
「彼が、私に誓った言葉なんだよ? 君を守るって。命ある限り、って」
うん、はい、しかもキス付き。あの場にいたのあなたでしょ!
「でもさ、君が『みんなの記憶を消して』って言ったじゃん。あれ、守ったら、彼は君を守れないよ? 契約違反、やばいよ?」
「……あっ」
「だから提案したんだ。私と代替わりして彼に常世神になってもらえばって。ただし、不死になって、愛し子が彼のものにもならなくても、他の伴侶と連れ添っても、想い続けられるなら……って」
「待って、それ……彼に不死を?」
「そう。……そのくらいの“愛”がなきゃ、依代にはなれないんだよ。そのかわり依代になったら闇夜神は倒せるって伝えたんだ」
常世神の目は、まっすぐで、少しだけ、寂しそうだった。
「私ね、誰かに“愛されて”みたかった。でも、“誰かを愛す”ことは……関心がなかった。だから、彼に負けたよ。完敗」
ゆっくりと、剣を差し出す。
「これ、君の犠牲でできた剣。神殺しっていうけど、痛くない。神は実態がないからね、ただ消えるだけ。これでわたしを自由にして欲しい」
「……」
「不死は、つらい。だから次は、限りある命の中でもっと楽しい世界に生まれたいんだ。仲間とお酒と笑って過ごせる場所」
アイラは、小さくうなずいた。
自分が経験した思いだからわかる。
「あと……君、まだ言ってないよね?」
「……」
「彼の気持ちは本物だよ。ちゃんと自分の気持ちも言葉にして新 常世神に誓いを立てて幸せになりなさい」
「……ずるい」
ぽろりと、涙がこぼれる。
「ふふ。生まれ変わったら……彼の恋敵になるのもアリかな? でも、悲恋か。うーん、難しいなあ」
そう言って、ふわっと笑った。
「じゃあ、後はよろしくね。ありがとう、愛し子」
レオニダスの体が崩れ落ちる。光が、台座に集まっていく。
アイラは、息を吸って、短剣を構えた。
「常世神、さよなら。……また、どこかで」
金の輝きに、そっと刃を突き立てた。
風がひゅっと鳴り、剣が光を放って――すべてが、静かに消えた。




