54 母の幻を切るとき、運命は動き出す
「ギャラン……大きくなったのね。ずっと会いたかったのよ。死んでも、あなたに会いたいって、そう願ってたの」
目の前の女性が、微笑みながら手を伸ばす。
「母さん……?」
ギャランの足が、ふらりと一歩、後ろへ退く。
(違う……これは、幻だ。わかってる。操られてるだけだって、頭では……)
けれど、あの目が。あの声が。
ずっと夢に見ていた“母の姿”そのままだった。
「あなたは小さかった....抱いてあげることもできなかった」
「……オレ、母さんに……会いたかったんだ」
ギャランの指先が、伸びそうになる。
あともう少しで届く――その瞬間。
「ダメッ!」
アイラの声が鋭く響く。杖を構えた彼女が吹き飛ばされたのは、その直後だった。
「ぐっ――!」
コンクリートの壁に叩きつけられ、鈍い音とともに崩れ落ちる。
「アイラ!」
レオニダスが叫ぶ。
彼の前にも、同じように“母”が現れる。
「レオ……大丈夫よ。お父さんとまた、みんなで暮らしましょう?」
優しく笑うその女――黎鳳。
彼女の笑みに、レオニダスの目が鋭く光った。
「ギャラン、目を覚ませ! それは……母さんじゃない!」
レオニダスは手にした槍を振りかざし、二人の間に雷撃を落とす。
ギャランは弾かれるように後退り、そして――息をのむ。
「オレたちの母さんが、あんな殊勝なタイプだったか!?」
レオニダスの怒号が響いた次の瞬間、今度は黎鳳めがけて雷が落ちる。
バチン――ッ!
その身体が半分吹き飛んだにも関わらず、黎鳳は微笑みながら一歩踏み出した。
「……レオ。そんなこと、しちゃ……だめよ?」
(違う、これも幻だ――本物じゃない)
織が動いた。
「――捕獲!」
勢いよく糸巻きが回り、銀糸が閃光のように走る。
黎鳳とギャランの“母”を縛りあげた――その瞬間。
ビシィッ!
糸が砕け、衝撃波が織に襲いかかる。
「……っ!?」
織の依代がふわりと宙に浮かび――そして、光に飲まれて消えた。
「織っ!」
ギャランの叫びと同時に、ゾンビのような“母親”がつぶやく。
「雑魚が」
無感情の声。その目には、最初から生きた感情など何もなかった。
「……アイラ!」
地に倒れていたアイラが、ようやく杖を握る。
「光浄化!」
床に展開された魔法陣から放たれる眩い光。
けれどその瞬間、闇夜神がアイラの背後に転移していた。
「遅いよ、アイラ」
ゴキッ――!
その手が、アイラの喉を締めあげる。
宙に浮かび、アイラの足がバタつく。
「その顔……いいなぁ。苦しそうだ」
「やめろッ!」
レオニダスが怒号とともに手をかざす。
次の瞬間、眩い黄金の光が空間を満たす。
瘴気が焼かれ、空気が清められていく――
「え、レオ兄?光……?」
ギャランが目を見張る。
その隙にレオニダスが槍を投げ、黎鳳の胸を貫いた。
ブシュッ!
闇夜神の体からも瘴気が噴き出し、ギャランの母もゆっくりと崩れ落ちる。
「……母さんじゃなかったんだな」
ギャランが、ゆっくりと杖を構える。
「――消えてくれ」
放たれた光が、“母親”を呆気なく散らす。
その姿に、確かな温度はなかった。ただの作られた姿だった。
そのとき、地鳴りのような呻きが響く。
「ぐあああああああッ!!」
闇夜神の体が崩れ、黒い何か――目や手、内臓のようなものがドロドロと蠢き出す。
「これが……本体か?」
ギャランが額の汗をぬぐう。
アイラは声も出せず、地に伏していた。
「アイラ!」
レオニダスが駆け寄り、ギャランも回復の魔法を重ねる。
「手間取った……ごめん」
その瞬間――レオニダスの瞳が、金色に輝いた。
「レオ?」
アイラがかすれた声で問う。
「闇夜神……やっと姿を現したな」
光が溢れる。レオニダスの髪と瞳が黄金に染まり、瘴気が浄化されていく。
その空間に、音もなく響く声があった。
『トコヨ……シン……!?』
闇夜神の声が、恐怖に染まっていた。
「まさか……なぜ……ここに……」
アイラが、レオニダスを見上げた。
金色に染まった彼の姿に――
ただ、祈るように唇を動かす。
「……常世神……」




