51 最強の短剣は彼女の愛でできている
「短剣よ。属性は不明だけど、魔力はすごく強い。必ず、あなたの助けになると思う」
そう言って、アイラがレオニダスに短剣を渡したのは、翌日の朝だった。
「どうする? ダンジョンで試す? 付き合うわよ」
アイラが笑って声をかけると、ギャランの目がぱあっと輝いた。
「オレも! この切れ味、見てみたいっす。鑑定スキル使ったけど、属性もレベルも全部“未判定”って出たんですよ!」
「かなり硬いのに、加工しやすいっていう妙な金属でしたね」
彦も神妙な顔で頷く。
織はアイラの持つ短剣を見て、目を丸くした。
「まあ! あのアイラ様が……刺繍を……!」
「ちょ、言わなくていいのよ、それは」
アイラはそっと指を隠した。案の定、刺し傷があった。
「魔法陣を自分で刻まないといけなかったから。ついでよ、ついで」
視線を逸らすその横顔が、ほんのり赤い。
レオニダスは黙って短剣を手に取り、鞘からゆっくり抜いた。光を受けてわずかに揺れる、金属とは思えないなめらかな輝き。
「ありがとう」
彼は静かにそう言った。
そのひと言だけなのに、どこか深く、重い。
「……試しは、不要だ。ちゃんと伝わってる。この刀の良さは」
短剣を何度か構えて確認すると、また静かに鞘へと戻す。
「ええ!? 試し切りしないんですか!?」
ギャランが口を尖らせる。
「大丈夫。きちんと使いこなすから」
そう言って、レオニダスはふいっと外へ出ていった。
「……やっぱ試し切りするんじゃないのか?」
ギャランが立ち上がると、レオニダスが片手でぴたりと制止する。
「神殿で、瞑想してくる」
その言葉を残して去っていった。
***
「……おかしくない?」
ギャランがぼそっと言った。
「なんか最近、ごはんもあんまり食べてないし」
「それに、あの反応。プレゼントだってのに、あれはさすがに冷静すぎる……」
「瞑想なんてするタイプだった?」
井戸端モード突入。
「いつからあんな感じだった?」
アイラが小声で聞くと──
「……さあ?(※たぶん神殿でキスしてから)」
「いやぁ、覚えてないっすね(※あれは衝撃だったな)」
「べつに?(※明らかに意識してるけどな!)」
完全に目を逸らした三人のリアクションに、アイラは小さくため息をついた。
(正直、もうちょっと……こう……驚くとか、嬉しがるとかしてくれてもいいのに)
ほんの少し、しょんぼり。
***
レオニダスは神殿の奥へと進み、台座の前で膝をついた。
額からは汗。荒くなる息。
「……はあ、はあ……」
身体の力が抜ける。
けれど、そのまま短剣を胸元に抱え込むように握った。
『戦いの日までに、馴染ませておけ』
常世神の声が、静かに響く。
「わかってる」
短く応じて、彼は天井を見上げた。
この剣に――
この想いに、応えるためにも。
手にした短剣の鞘には、不器用な刺繍がある。アイラが慣れない手で、何度も針を刺しながら縫ったもの。
(……ありがとう、アイラ)
彼女の想いが、この武器には宿っている。
そして、それを受け取った自分が、立ち止まるわけにはいかない。
「常世神、ほんとに馴染むのかよ。」
「これが一番勝つ確率があがる。早く制御しろ」
再び常世神がレオニダスに呼びかける
「アイラを守るためなら、なんだってするさ」
レオニダスは短剣を握りしめたまま、神殿の台座に背中を預けた。
そのまま、ゆっくりと目を閉じる。
――絶対に、あいつを守り抜く。




