43 賢者の石の正体とわたしが守られる理由
あれ? 魔法陣、間違えた……?
過去の映像が繰り返されるはずだった。そう、覚悟していたのに。
けれど。
目の前にあるのは、ただの真っ白な空間だった。
……なんにもない。
「戻らなきゃ……」
焦って周囲を見渡す。杖……杖は……?
――ない。
「落とした……? まさか……!」
一気に血の気が引く。
そのとき。
「初めまして、アイラ」
背後から声。ギャランの声。
慌てて振り返ると、そこにはレオニダスが立っていた。
「……え? ……誰?」
思わず一歩後ずさる。
レオニダス……なのに、声はギャラン。
「レオーって抱きつかれる方を想像してたのに」
にこやかに微笑むその顔は、どう見てもレオニダスそのもの。
「レオじゃない……あなた、誰!?」
声が震える。
すると彼は小さく肩をすくめて、面倒そうに言った。
「この姿、ダメかい? わたしにとっては、姿とか声とか、どうでもいいものだからね。でも……君、気にしてるでしょ? あの子供たちが闇夜神に似てるとか」
「……え……?」
「だから、君の好きな男の顔で中身は違う神にしてあげたんだよ」
軽くウィンクするその仕草まで、レオニダスそっくり。
頭が追いつかない。思考が真っ白になる。
「……神にとって、姿形も声も、存在してないものみたいなものさ」
ふっ――
彼の姿が一瞬でかき消えた。
代わりに、空間いっぱいに知らない声が響く。
「わたしは常世神。賢者の石を作った張本人だよ」
「……!」
声の主は姿すらない。ただ、空気が震えるように言葉だけが降ってくる。
アイラは胸の奥がざわつくのを感じながら、息を飲んだ。
「……常世神……?」
「人間が賢者の石を作ったと思ってた? それは無理だね。あれは……わたしの一部だから」
声はどこまでも穏やかで、どこまでも優しい。でも、その事実は重すぎた。
困ったように小さく笑う気配がした。
ふっと、レオニダスの姿が戻る。
今度は声まで、レオニダスだった。
「これなら落ち着く?」
「……ちがう……」
自然に口から出た言葉に、自分で驚く。
「わたし……レオの姿形が好きなわけじゃない。レオだから好きなの」
――言ってから、ハッとした。
わたし、今……好きって……。
胸が熱くなる。目の奥がじんわりする。
……そうだ、そうだった。だから、師匠に似てるだなんて気にすることなかったんだ。
レオニダスの姿をした神は、にこりと微笑んだ。
「気づいたみたいだね」
次の瞬間、声はまたギャランのものに変わった。
「君はつらい思いをしても、こうしてまた戻ってきてくれた。……過去のつらい映像なんて、もう見なくていい。代わりに、わたしが全部話そう。君はわたしの……愛し子だからね」
……なぜだろう。そこに、悪意は感じなかった。
「……あなたは、私の味方なの……? 師匠とは……どんな関係……?」
恐る恐る尋ねる。
「もちろん、味方だよ」
ギャランの声で、迷いなく答えが返ってきた。
「闇夜神とはね……そうだな。光と影、みたいな関係だ」
「光と……影……?」
「わたしは愛や思いに固執する存在。あいつは力や血、そういうものに固執する。だから……まあ、お互い、あんまり好きじゃない」
くす、と笑ったあと、常世神は続ける。
「本来なら、あいつはこの塔には入れない。でも、君がいたからね」
「……わたし?」
「そう。君が、あまりに純粋で、まっすぐだったから」
懐かしむように、言葉は続く。
「どんなにわたしが邪魔をしても、君は彼を守ろうとした。目を輝かせて、必死で、あんなにも強い魔力で。君を傷つけるのは、もう無理だった」
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「それに……君がどうして賢者の石に興味を持ってるのか、どうして闇夜神と一緒にいるのか、知りたくもなったからね。ダンジョンで……ずっと見てたよ」
「師匠に……師匠が喜んでくれると思ったの。……一緒に長く生きられるって聞いたから」
目の奥が熱くなる。
必死に堪えようとしても、声が震えた。
「……うん、知ってるよ。君は……まっすぐだった」
ギャランの声は、優しく、静かだった。
「君の心は、どこまでも汚れがなくて……ただ、大切な人のために動いていた。それが、すごく……羨ましかった」
「……え……?」
「わたしが、賢者の石を作った理由、聞きたい?」
「……孤独……なの?」
ふいに、そんな言葉が口からこぼれた。
「……うん」
静かにうなずく気配。
「永遠の命があっても、わたしを愛してくれる人も、思ってくれる人もいない。そんな苦しみ、君なら……少しはわかるでしょ?」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「だから、賢者の石は……わたしを求めてくれる人と一緒に生きるために、作ったものだったんだ」
「……でも……私……」
「わたしのために石を求めたわけじゃない、って言いたいんだろ?」
静かに、でもどこか楽しげに、常世神は続ける。
「いいんだよ。恨んでなんかいない」
「……」
「君の体に、わたしの石が入った。それだけで、君はわたしにとって、守るべき存在になった」
言葉が優しく降りそそぐ。
「わたしはここから動けないけど……石を通して、君の命をずっと守ってた。いつかまた、君がこうして、わたしの元に来てくれる日を……ずっと、待ってたんだよ」
柔らかな笑みのまま、レオニダスの姿のまま、常世神は言った。
「この塔は、石を守る塔でもあるけど……同時に、君を守る塔だからね」
(続く)




