41 再びあの日の神殿へ
「アイラ、どこへ行くんだ? 最後まで一緒に行くぞ」
レオニダスが、玄関ドアから出ようとするアイラに声をかけた。
「私たちだって行きますとも!」
彦と織が、あわてて糸巻きを抱える。
「オレは師匠の一番弟子ですから! 最後までついて行きますよ」
ギャランも剣を手に、当然のように並んだ。
「ちょっと待って、みんな。……わたしを殺そうとするな」
アイラは溜息まじりに振り返り、憮然とした顔になる。
「そこの神殿、知ってるでしょ。……昔、一度刺された場所なんだけど。なんかヒントないかなって、探しに行くだけよ」
一瞬、「なんだ、そんなことか」という空気が流れる。
……が。
「いや、昔刺された場所に一人で行くのはどうかと思うよ」
彦が真顔でツッコミ。
「記憶勝負なところがあるから。できるだけ、あのときと同じ状態で……色々確認したいのよ」
「なら、後ろから護衛します。邪魔はしません!」
ギャランは既に剣を握っている。
「護衛ならオレも。絶対邪魔しない!」
「では私たちは、神殿入り口を守ります」
彦と織も即答。
アイラは苦笑して、でもどこか嬉しそうにうなずいた。
玄関を出ると、目の前にはあの神殿。
不思議なことに、ここだけは一日中昼。季節もずっと春のまま。ふんわりと暖かく、つい気が緩むような空気。
長く険しいダンジョンを越えてきた先の、この安らぎ。
当時、どれだけ胸を踊らせながらここに来たんだろう。
そのあと、あんな惨劇が起きるなんて思いもしなかったはずなのに。
アイラは、ダンジョンに続く道から神殿を見渡し、入り口をキョロキョロと見回している。
何を探しているのかはわからない。でも、誰も声をかけない。邪魔をしないって、決めたから。
いよいよ神殿の中に入る。
彦と織が、レオニダスとギャランに小さく頷く。二人もそれに応えてうなずいた。
建物の中は、青みを帯びたクリスタルの壁で覆われている。
光が反射して、キラキラと輝く。
レオニダスはふと、昔こっそりここに入ったときのことを思い出した。あのときと様子は変わらない。ただ、奥に台座が見えるだけだ。
この懐かしい感じは、きっと父親の魔力を感じていたせいなんだろう。
……何が懐かしい、だ。
レオニダスは心の中で自分を殴りたくなった。
しかも、自分を殺そうとした男だぞ
アイラは、立ち止まっては目を閉じる。
あの日のことを、思い出しながら歩いているんだ。
レオニダスは胸が痛くなる。
もう、辛いことなんて思い出してほしくない。
でも、どう声をかけていいのかもわからない。
ここ数日、ほとんど話しかけられなかった。
これ以上アイラを傷つけたくなくて、臆病になってる自分がいる。
本当に……オレは、ヘタレだ。
もっと踏み込んで、守らなきゃいけないのに。
守るって決めたのに
ギャランも、黙って後ろを歩く。
実の母親のことなんて、考えたことがないわけじゃない。
むしろ、何度も何度も想像した。
だけど、生きていないことはわかってる。
人間で、しかも100年以上前に生んだ子どもなら、今はもう……。
どうやって生まれて、どうやって母さんの元に預けられたのかも知らない。
きっと……あまり、いい出会いじゃなかったんだろう。
アイラの様子を見て、そう思わざるを得ない。
アイラが止まった。
台座まで、あと数メートル。
だが、そこからでも見えた。
台座の真下に、今も残る――おびただしい血痕。
古く、黒く染みついたまま、そこにあった。
アイラは振り返り、レオニダスとギャランに小さく手を挙げた。
「ここで、待ってて」
それだけ言い残して、ゆっくりと、あの場所へ歩いていく。
……過去の現場に、戻っていく。
二人は、ただ黙って……その背中を見送ることしかできなかった。




