3 逃げてきた少年と最強魔女の弟子契約
〈これまでのあらすじ〉
魔女アイラの家で、ギャラン、まさかの“魔力暴走”デビュー。
実は彼――
人間の「魔力」と妖の「妖力」、どっちも持ってる超レア体質だった!
未熟な力の暴走には「きっかけ」があるはずだけど……
その理由は?
二人の間に、重たい空気が流れはじめる。
ぽつりとギャランが口を開いた。
伏せた視線の先で、拳が小さく震えている。
「半妖だからって、嫌がらせ……すごくてさ。
床に落ちた物を食えって押しつけられたり、持ち物を壊されたり、怪我も……しょっちゅう。
今日も、逃げてきたところだったんだ」
その言葉に、レオニダスの眉が鋭く吊り上がる。
無言のまま拳を握り締めて、何かを呑み込むように歯を食いしばった。
「……言えって、俺、言っただろ。強い妖力を感じて転移してきたけど、間に合わなかった」
低く、苦しそうな声。
けれどギャランは、かぶりを振った。
「兄さんは……いつだって助けてくれる。でも……俺、自分が嫌なんだよ。
やられて、守られるだけの毎日も。
半妖ってだけで避けられる自分も……逃げ回ってる今の自分も……」
アイラはそっと目を伏せる。
この《灯霞》の街は入り組んだ路地が多く、彼女の家は結界によって人目を避けていた。
たとえ存在が見えていても、細道をいくつも曲がらなければ辿り着けない。
(ギャランは……それだけ、必死に逃げてきたのね)
「さて、そんなギャラン君に――提案があります。というか、うん。拒否権はないけどね♪」
ぱちん、とアイラが手を打つ。
明るい笑顔の裏に、ほんのりと冷気が走った気がして、ギャランもレオニダスも一瞬背筋が凍る。
「この結界ね、修復には相当な魔力がいるの。
でも今回は綻びがひどすぎるから……いっそ全部壊して、新しく作り直した方が早い。
百年もあれば元通りになると思うわ」
「百年!?」
レオニダスの素っ頓狂な声が響く。だが、アイラはさらりと続けた。
「私には時間、いくらでもあるし。魔力もまだ残ってる。
それに……ギャラン君も、結界を作れるくらいには、魔力操作ができるようになると思うのよ」
「……俺が、結界を?」
ギャランが目を見開く。信じられないといった声。
「うん! それに妖力も混ぜてみたいの。
今までにない結界ができると思わない? わくわくしない?」
レオニダスが思わず口を挟む。
「魔力と妖力って……一緒に扱えるもんなのか?」
「やってみないと分からないでしょ? 前例がないってだけで、無理って決めつけちゃもったいないわよ」
アイラはそう言うと、テーブルの上の草餅をひょいと掴み、ギャランの口にぐいっと押し込んだ。
「むぐっ!? な、何す――」
「悩んでる暇があるなら、まずは食べなさい。
魔力も脳みそも、糖分が足りなきゃ動かないのよ」
草餅の表面に、一瞬だけ光が走る。
ギャランには見えなかったが、ごく微細な魔法陣が浮かんでは消えた。
「はい、それ。今、君の乱れた魔力を整えるように魔法をかけておいたわ。
今日の暴走でごちゃごちゃになった部分も、だいぶマシになるはず」
ギャランがぽかんと目を丸くする。
「……つまり、それって……」
「そう。今日からあなたは、私の弟子ってことよ♪」
「――弟子!?」
「そう、弟子。妖だろうがなんだろうが……私の弟子をいじめるやつがいたら、きっちり倍返ししてあげるから」
アイラはいたずらっぽく笑った。
けれどその瞳はまっすぐに、ギャランの瞳を射抜くように見つめていた。
――この時、ひとり逃げてきた少年・ギャランは。
“最強魔女の弟子”として、運命の一歩を踏み出したのだった。