36 死ぬかと思った。だから言うしかなかった
《これまでのあらすじ》
ダンジョン中階層に挑むアイラたち。激戦を越え、装備を新調しながら少しずつ絆を深めていく中、アイラは自らの過去――師匠の裏切り、不死の呪い、逃亡の記憶を仲間に打ち明けた。
それを受け、レオニダスは「新しい杖の素材」を探すことを決意。しかし突然、空から天翼獣が現れ、レオとアイラだけが光の中へ転移させられる。
辿り着いたのは神殿。だがそこで待っていたのは、レオを一方的に叩きのめす「力の試練」。
満身創痍になりながらも、何度も立ち上がるレオニダス。
「ひとりにしない」と誓ったその想いだけを胸に、レオは最後の一歩を踏み出す――。
どれくらい時間が経ったのか。
レオニダスが目を覚ますと、目の前でアイラが泣いていた。
「……あれ? 死ななかったのか、オレ」
服は血まみれ。でも体は元通り。
「ほんとに……ほんとに、やだ……!」
アイラは顔をぐしゃぐしゃにして、胸にしがみついてくる。
「でもさ……今度はちゃんと、守った記憶で上書きできた、から」
なんとか笑って言った瞬間――
「トラウマ倍増だわ、バカァ!!」
バシン、と頭に一発。
いてぇ。
ゆっくり身体を起こす。痛みはない。本当に生きてるんだ。
ふと視界の端に、白い光。
「あれ、台座……光ってる」
立ち上がろうとした瞬間、アイラがまた胸にしがみつく。
「行かないで……!」
震える声が、すごく近い。こんなに弱いアイラを見るのは、初めてだった。
「……どこにも行かねぇよ」
そっと頭を撫でる。
このまま、何も言わずに済ませるわけにはいかない。
「アイラ、好きだ」
短く、でも、真っ直ぐに。
「お前の全部が、好きだ」
頑張り屋なところも、優しいところも、強いくせに泣き虫なところも。
美人で、可愛くて、我慢ばっかりして、時々どうしようもなく子供みたいになるところも。
言葉にするたび、胸が熱くなる。
アイラは、ぽろぽろ涙を流しながら、だけど――真っすぐオレを見ていた。
「だから……これからは、少しずつでいい。お前の過去も、いい記憶に変えていこう」
唇を噛んで、涙まじりの笑顔。
どうしようもなく、愛しい。
「……あーあ、今日は泣きすぎだな」
拭こうとした手は、血まみれで。
結局、苦笑いするしかなかった。
「……ご褒美に、一回だけ……抱きしめていい?」
こくん、と小さく頷くアイラ。
オレは、迷わず抱きしめた。
強く、ぎゅっと、彼女を胸に閉じ込める。
腕の中で、アイラの肩が震えてる。
息を詰めながら、でも少しずつ落ち着いていくのが伝わってくる。
オレは、ただ背中を撫でた。
言葉はいらない。ただ、あったかさだけを。
アイラは、声を殺して泣き続けた。
今まで泣かなかったぶん、我慢してたぶん、全部――ここで溢れた。
ようやく、震えが収まってきた頃。
オレは、そっと腕をゆるめる。
「……大丈夫か?」
「……うん、ちょっとだけ」
アイラは涙を拭い、ぐしゃぐしゃな顔で、でも少しだけ笑った。
静かな空気が、神殿を包む。
二人で、ゆっくり呼吸を整える。
しん……とした中で、ようやく周囲が目に入った。
「あ……」
アイラが小さく声を上げ、指さす。
「……台座、光ってる」
言ったのに全然気づいてなかったのか
オレは苦笑して、立ち上がり、アイラに手を差し出す。
彼女は、その手を取って、ゆっくり立ち上がった。
「行こうか」
今度は、二人で一緒に。
※※※
白く光る、長い棒。
「……これ、なんだ?」
「マジッククリスタル……本でしか見たことない」
そっと持ち上げて、アイラに渡す。
彼女が握った瞬間、空気がふわりと変わった。
「……聖属性の杖、か」
「ってことは、これが……オレが見つけた、アイラの杖ってことで」
オレは、いつもの調子でにかっと笑う。
「石を守る存在に必要だから……塔が、オレを選んだんだろ。オレ、素材探してたし」
軽く言ったつもりだったけど――
アイラは、きっと違うとわかっていた。
塔が選んだのは。
命を懸けて、私を守ろうとした人。
ただ強いだけなら、ギャランが選ばれてた。
でも、彼はまだ……その覚悟はない。
はじめて、自分を守ってくれる人ができた。
「……ありがとう、レオ」
たった一言。
でも、その言葉に――全部の想いが詰まっていた。
オレはアイラの顔を覗き込む。
「もう、大丈夫か?」
「……うん、ちょっとだけ」
アイラは涙をぬぐって、ぐしゃぐしゃな顔のまま笑おうとする。
その顔が、たまらなく愛しくて。
オレは、思わず彼女の頬に触れた。
冷たい指先に、彼女の体温が伝わってくる。
「ほんとによかった……正直ダメだと思った」
声が震えた。こんな情けない声、聞かせたくなかったのに。
アイラは目を見開き、そして……そっとオレの手に、自分の手を重ねてくる。
「あのね……」
「ん?」
「このあと、みんなのところに戻るけど……その前に」
小さく、かすれる声。
「……もう一回だけ、抱きしめて」
オレは笑った。
「何回でもいいよ」
今度は、さっきよりもっと強く、アイラを胸に閉じ込める。
彼女の心臓の鼓動が、オレの胸に響いた。
この温もりだけは、絶対に守りたい。
次は、もう二度と、離さない。
オレは、もう一度だけ、そっとアイラの頭を撫でた。




