33 逃げ続けた日々のその先で
《これまでのあらすじ》
アイラたち5人は、賢者の塔の山中で過酷なダンジョン攻略に挑む。ヒュドラやミミックと戦いながら、アイラは仲間の装備を強化し支える。疲れた夜は魔法で快適な野営を整え、仲間の絆を深めていく。
中階層に進み、装備を新調する中で、レオニダスはアイラの過去に触れ、彼女のために素材を探すと誓う。
やがてアイラは師匠との裏切りの過去と賢者の石の秘密を語り、仲間たちは静かに受け入れるのだった。
「……なんて声かけていいのか、わかんないよ」
ぽつりと、ギャランが涙声でつぶやく。
アイラはテントの前で、いつものようにみんなの装具のメンテナンス中だった。
それなのに、なんとなく……自然に、外に四人とも集まってきていた。
空気が、重い。
「アイラ様……本当によく、頑張られましたよね」
織が、ぽつりとこぼす。
そのまま、思い出すように話しはじめた。
「……あの頃のアイラ様は、本当に……」
ふっと小さく息をつく。
「冥界の門から降りた直後から、いきなり魔女狩りですよ」
「え……本当!」
ギャランが絶句した。
「おかしいと思ったんです。毎回、焼死とか溺死で冥界の門に来るんですもの」
「えぐ……」
レオも言葉を失う。
「復活したばかりで、また磔。……次は、刺殺体にされるところでした」
「……」
誰も言えなくなる。
「わたし、あの時はまだ……魂だけ。依代もない状態で」
織は胸に手を当てる。
「でも、さすがに……これはまずい、って」
小さく笑って、肩をすくめる。
「磔の縄、気力で操って、杖を飛ばしました」
「え、それで逃げたの!?」
ギャランが声を上げる。
「はい。……まあ、アイラ様、生きる気なんて全然なかったですけどね。戻ったら私、閻魔様に怒られるので。……仕方なく、杖を使ってくれました」
「……命がけってレベルじゃねえ……」
ギャランがため息まじりに言う。
「それからは、ずっと逃げ続ける日々です」
「そこに……俺が加わったってことか」
彦が苦笑しながら、腕を組む。
「はい。逃げながら、お互いの話をして……そしたら、同情してくださって、彦様も呼んで、依代も作ってくださって。……それからは、家族のふりをしてまた逃走」
「生活も限界だったしな」
彦が少し笑って続ける。
「だから……家、作ったんだよ」
「最初は小屋でしたけど……彦様が、だんだん大きくしてくださって」
「それで、灯霞に?」
レオがぽつりと聞く。
「はい。黄泉界の皆さんにも情報もらって……やっと落ち着ける場所、でした」
「でも……それでも、アイラは……」
ギャランが、少しだけ声を落とす。
「……人間とも妖とも、誰とも関わらず。ずっと一人で」
織が、静かに頷く。
「死なないから、ご飯も食べない。でも、私たちに迷惑かけたくないから……生きてるだけ、みたいな」
しん……と空気が重くなる。
「……でも、そこに黎凰が現れたんだな」
レオが小さく笑って言う。
「はい。大怪我で運ばれてきて……」
「で、アイラが助けて……そこから、少しずつ」
彦がぽつりと続ける。
「黎凰様がね、毎日いろんな人を連れてきては『この人も治してやってくれ』って。……そのうち、アイラ様も断れなくなって」
「それで、やっと外に……か」
レオが、少しだけ目を細めた。
「……まあ、そのおかげで」
彦が笑って言う。
「今、俺たち全員、こうしてダンジョンでバカやってるわけだけどな」
織も、ふわっと微笑んだ。
ふっと、空気が少しだけ和らぐ。
レオニダスはテントの中にいる、見えないアイラの背中を見つめた。
(……結局、今も全部……誰かのため、か)
拳を、そっと握る。
(だから……)
(もう二度と、ひとりにはさせない)
その想いだけ、胸の中にしっかり刻んで。
そして、誰も次の言葉は出さなかった。
夜の空気だけが、静かに流れていた。




