32 杖に込めた記憶
《これまでのあらすじ》
アイラ率いる5人パーティは賢者の塔のダンジョン最下層を抜け、厳しい戦いを繰り返しながら装備を強化しつつ成長してきた。ヒュドラやミミックなどの強敵を倒し、貴重な素材を集める日々が続く。
ある夜、アイラの過去や師匠への複雑な想いが夢に現れ、メンバーは互いに支え合いながら困難に立ち向かう。
ついに中階層へ足を踏み入れた一行は、雷属性を持つ強敵サンダーバードと遭遇。仲間同士の小さなケンカや距離感にほのかな変化がありつつも、協力して危機を乗り越え、さらに先へと進んでいく。
「じゃあ、雷属性には気をつけてね。基本、物理特化だから」
アイラがそう言って、彦に《ゴーレムクラッシャー》を手渡す。ついでに《ゴーレムスキンアーマー》も着せると、彦はご満悦。
さすが元・牛飼い、大柄な装備でもまったく気にせず余裕の動き。
「ふふ、重い武器は慣れてますから」
「次は、レオね」
アイラが振り向く。
「雷特化装備だけど……中階層、属性の偏りが激しいからちょっと悩んでるのよね」
「っていうかさ」
レオニダスが腕を組む。
「アイラは? お前自身の装備は?」
その一言に、ギャラン、織、彦の三人も「それそれ」と頷く。
「……そうなんだよね」
アイラが苦笑する。
「きっと、素材に出会ったとき、自然にわかる気がしてて。無理に変えるつもりはないの」
そう言って、いつもの魔極樹の杖をそっと抱きしめる。
ギャランがちらっとその杖を見る。
「これ、ふつうによくある魔極樹製ですよね? でも師匠、それであんな魔法出してたんだ。……なんか、逆に尊敬するわ」
ギャランの口調は軽いけど、少し本音が混じってた。
「オレが師匠から最初に渡された杖は星骸樹製でしたよね。自分の苦手をカバーして、特技を特化させてくれて感動したけどさ」
「……うん」
アイラが、ふっと表情を曇らせる。
「初めての杖なの。……何回も死にかけたときも、ずっと一緒にいた杖だから」
ぽつりと呟くその横顔に、レオニダスがムッとした顔になる。
「それ……おまえの師匠がくれたやつ?」
空気が一瞬ピリッとする。
織が慌てて両手をぱん!と叩く。
「はい、終了! 個人の持ち物の詮索は禁止! この話、おしまい!」
無理やり話を終わらせようとするが、レオは止まらない。
「……オレ、決めた」
唐突に言って、アイラをまっすぐ見つめた。
「このダンジョンで、アイラにふさわしい素材、絶対見つける。だから……その時は、オレが見つけた素材で杖を作って持ってて欲しい」
そして――
「……はい、プロポーズ出ましたー」
彦がボソッとつぶやく。
「武器で求婚って新しすぎない?」
ギャランがジト目で見てくる。
「指輪のかわりに、魔物素材ってどうなの……」
織も腕を組んで呆れ顔。
「違うから!!」
レオニダスは真っ赤になって叫ぶ。
「べ、別にそういう意味じゃなくて!あくまで装備の話だから!」
アイラは小さく笑って、ふっと肩をすくめた。
「……でも、ありがとう。ちょっと、嬉しかった」
レオが固まる。
それ以上の茶化しは、誰もしなかった。
そのあと、少しだけ沈黙。
そしてアイラが、ゆっくりとみんなに向き直る。
「……そろそろ、ちゃんと話しておくべきかもね」
「え?」
「この杖のことも。……あの時のことも」
ぽつりと漏れる、少し低い声。
レオニダスも、ギャランも、織も、彦も――思わず、真顔でアイラを見つめた。
アイラは少し笑って、ぽつりと言った。
「……全部、話すね」
そう言って、静かに語りはじめた。
――自分の生い立ち。
――師匠のこと。
――賢者の石のこと。
――あの夜、裏切られたこと。
――何度も死んで、それでも生きてきたこと。
みんな、誰一人、口を挟まなかった。
風の音だけが、やけに大きく耳に残っていた。
そして――
物語が終わった時。
空気は、どこか、重かった。




