29 ダンジョンの野営は甘くない…のに、なぜか隣が気になって眠れない
《これまでのあらすじ》
黎凰の死をきっかけに、アイラは仲間全員の武器を作り直すと決意。
素材探しのためダンジョンに挑むが、ヒュドラの大群にミミック地獄――レオニダスは幻覚胞子でうっかりアイラに告白する大事故をやらかす。
散々からかわれたあげく、野営での夜。
少しずつ変わっていく空気の中、アイラとレオニダスふたりの距離は……じわりと、でも確実に近づいていた。
美味しいご飯を食べたら、途端に眠くなる。
織さんがにこにこしながら糸を操り、ふわっふわのベッドを作ってくれた。
「黄泉で人気の雲ベッドですよ!」
「……あの世で人気って、どんな売れ筋なんだよ」
ギャランが苦笑する。
ふと、母さんの顔が浮かんだ。
――そっちで新しいベッド、買ってたりしてな。
(大丈夫だから。安心して、のんびりしててよ)
心の中でそうつぶやく。
「うおっ、これ最高!」
レオが勢いよくダイブする。
「では私は、フレームをしっかり固定しておきますね」
彦さんが張り切って補強作業に入る。
最終的に、全員でひとつの大きなベッドに川の字。
横になった瞬間――
全員、まとめて即・寝落ち。
……ただ一人、アイラだけは違った。
眠りは浅く、胸の奥がざわざわして。
すぐに夢を見る。
遠い、あの頃。
野営の仕方も。
魔物の解体のコツも。
魔法陣の描き方も。
全部――あの人が教えてくれた。
無口で、感情をあまり表に出さない人だったけど。
(……可愛がってくれてるって、思ってたのに)
夢の中、鼻につく血の匂い。
あの夜の、裏切り。
「あれが……賢者の石」
当時の自分は、ただ信じてた。
師匠のために。
一緒に使って、ずっと一緒にいられるって。
永遠の命なんて、どうでもよかった。
生きてても、いいことなんてなかったし。
でも――あの人が望むなら、って。
親からの愛情なんて知らない私は、
師匠の優しさだけが、世界の全部だった。
――それなのに。
映像みたいに、あの日の光景が蘇る。
ガバッと目を覚ました瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
(……夢、か)
深く息を吐く。
隣を見れば、みんな気持ちよさそうに眠ってる。
(あの時とは違う)
今度は、守る番。
私が私を裏切らなければ、きっと大丈夫。
胸の奥に、小さくそう誓って、
もう一度、目を閉じた。
***
――その少しあと。
アイラが再び眠りについた頃。
レオニダスは、隣でそっと目を開けていた。
一度は寝落ちしたけど、アイラのうなされる気配で目が覚めた。
もしかしたら、他の三人も気づいて寝たフリしてるのかもしれないけど……。
(触れない方が、いいよな……)
寝返りを打ちながら、心の中でため息。
「師匠……」
アイラが寝言でつぶやくのが聞こえた。
……師匠。
そりゃ、いるだろうけど。
アイラの師匠って、どんな奴なんだ?
うなされるぐらいだし、いい関係ってわけでもなさそうだけど。
こんなふうに……二人で野営とかしてたのか?
――二人きり、で。
……って。
(え、いや待て)
賢者の石を取りに行ったときのアイラって、今と同じ外見だったんだよな?
男として、何も起きないわけないだろ――いやいやいや!
当然、あんなこととかこんなこととか……!
(あああああーーー!!)
頭を抱えて、寝返りを打つ。
(……なに考えてんだオレは!)
死ぬかもしれないダンジョンの真っ最中で、
そんなバカなこと考えてどうする!
完全に思春期。
ジタバタしたい衝動を必死で押し殺して、隣のギャランを見る。
……マジでぐっすり寝てる。
(おい、師匠がうなされてたんだぞ。ちょっとは起きろよ)
ギャランに八つ当たりしたい気持ちをこらえながら――
レオニダスも、やがて深い眠りに落ちていった。




