2 魔力暴走と最強の種
〈これまでのあらすじ〉
魔女アイラの家の結界を、知らないうちにぶち破ってきた半妖の少年ギャラン。
「え? 壊した覚えないけど?」
「見えてないのに壊すな!!」
土下座寸前の兄レオニダス、ふてくされギャラン、頭痛アイラ。
とりあえずお茶飲んで落ち着いたけど――
これは、灯霞に大きな波乱を呼ぶ、最初の一歩だった。
「ここ、《満点堂》の草餅は、人間界でも結構な有名店なのよ」
魔女の家は、意外にもカントリー風の素朴な部屋だった。
「うちの眷属、彦と織にお願いして買ってきてもらったの。閉店間際だったけど、ギリ間に合ったらしくてね」
二人に座るように促し、アイラも着席する。
織がすっと立ち上がり、木製の温かみのある机の上に、草餅とお茶をレオニダスとギャランの前に置いた。
「このお茶、彦さまが調合した“魔力茶”なんですよ。乱れた魔力を整えて、身体への負担を軽くしてくれます」
織の語り口からにじむ敬愛の色に、ギャランは自然と視線を逸らす。
(彦さんと織さん、絶対あれ付き合ってるだろ)
そんな心のツッコミを飲み込みつつ――
「いっただっきまーす!」
アイラが草餅をぱくっ。白い粉がふわりと舞い、場にほんのり甘い空気が流れた。
レオニダスも、少しだけ警戒しながら草餅を一口。粉がふわりと唇を彩る。
「……うん、美味いな。人間の食い物も、バカにできないな」
少し頬を緩めて言う彼に、ギャランもつられてお茶を口にする。
「……お茶、美味しいです」
その小さなつぶやきが、妙に場を和ませた。
けれど――
「そうそう、今日はギャラン君、魔力暴走しちゃったじゃない」
アイラの一言で、場の空気が一変する。
「魔力暴走……!?」
レオニダスとギャランが同時に叫んだ。
「うん。たぶん、初めてだったんじゃないかな? 自分の中の力をコントロールしきれなくて、暴れちゃったの」
サラッと深刻なことを言い放つアイラに、レオニダスが険しい目を向ける。
「誰も怪我しなかったのは、本当に運が良かっただけ」
アイラは茶を一口すすりながら続けた。
「昔、人間には“魔力持ち”がもっといたの。多分ギャラン君のお母さんは、魔力が高い人だったのね。でも、力を持つ者は疎まれて……魔女や魔術師は歴史の中で何度も迫害されてきた。だから今では、魔力を継ぐ家系もかなり減っちゃった」
「……だから灯霞みたいな場所で、ひっそり生きてるんだな」
ギャランがつぶやく。
「そう。ここは、魔力を持つ者や妖たちが隠れて暮らす“もう一つの世界”。だけど――ギャラン君は、少し事情が違う」
アイラの視線がギャランに向く。
「あなたは、“魔力”と“妖力”、両方を持ってる。これはね……本当に、奇跡みたいな存在よ」
「……どっちも?」
「そう。魔力は意思で操る“外向きの力”。妖力は本能であふれ出す“内に宿る力”。本来なら交わらないものを、あなたはどっちも持ってるの」
ギャランは、言葉もなく拳を握る。
「けど、その分バランスはとりにくい。まだどっちの扱いも未熟だったから、体がついてこなくて――それが、今日の暴走の原因」
「なるほどな……」
レオニダスがふっと息を吐いた。
「つまり、お前は……まだ“最強の種”ってことか」
「その通り、これからどんなふうに育つかはわからないけどね」
アイラが微笑む。
「でも、暴走には“きっかけ”があるはずよね。レオニダス君、あなたなら心当たりがあるんじゃない?」
その問いに、レオニダスが視線をそらした。
ギャランの拳が、さらにぎゅっと握りしめられる。
机の上の草餅はまだ置かれたまま、茶器からはお茶の香りが漂い、沈黙がより重い雰囲気を作り上げていた