24 かつての弟子はまだ生きていた【闇夜神編】
やっぱり――生きていた。
「生きていたか……!」
闇の中で、男は低く笑った。
次第にその笑いは大きくなり、最後には喉を震わせるような高笑いに変わっていく。
「あはははははははは! ははっ……くく……!」
胸の奥から込み上げてくる、この悦び。
「私は……誰よりも……力を好む」
男は呟く。
その声に呼応するように、周囲の闇がざわりと揺れた。
「力あるものを、私は吸い上げる。それらの命を、私の依代にする」
ゆっくりと目を閉じる。
過去の光景が、鮮明に甦る。
黎凰――
あれはいい女だった。
だが、惜しむらくは頭が悪すぎた。
バーベラで妖力を吸い上げた後のあの力など、所詮は赤子同然。
吸われていることにすら気づかない。
無様だ……本当に、つまらない。
「レオニダスを逃したのは……痛手だったが」
そうだ。あれだけは、誤算だった。
しかし、それ以上の収穫がある。
「……まさか……あいつが……生きていたとはな……!」
男は喉を鳴らし、笑いを噛み殺す。
あれほどまでに手を尽くして――
あの日、完全に殺したはずだった“あいつ”が。
――アイラ。
過去の記憶が、鮮やかに蘇る。
魔導院。
魔力を持つ子供たちが、兵器や慰み者として育てられるあの場所。
――実験道具。
――サーカスの見世物。
――戦場の使い捨て。
選択肢は、どれも地獄だった。
そんな中で、一際目立っていた。
黒髪にあの吸い込むような黒い目
あの容姿、あの魔力量。
院内の誰もがよだれを垂らす逸材。
だが……強すぎた。
危険因子。
いつ暴走してもおかしくない。
だから地下に隔離され、外に出されることすらなかった。
「私が……救ってやったんだ」
男はにやりと笑う。
望んで弟子にしたのは、私だ。
あれだけの魔力、どうしても欲しかった。
ただ虐げるでもない、慰み者にするでもない。
ただ、強く、もっと強く……
私のために育てた。
目的はひとつ。
――賢者の石。
賢者の塔の最高部に眠る、あの幻のアイテムを手に入れるため。
そして、その石を、アイラの体に埋め込むため。
彼女の魔力と、賢者の石。
二つが揃えば、永久に尽きない力が、私に流れ続ける。
「……当然だろう? あんなに手間暇かけて育ててやったんだから」
あの日。
賢者の塔の最上階
賢者の石を手に入れたその瞬間。
アイラは、いつものように私を信じて、隣に立っていた。
「……これで……やっと……私たちは……」
震える声。
希望に満ちた、信じ切った笑顔。
「師匠……!」
あの時の、あの顔――忘れられない。
私だけを見つめて。
私だけを信じて。
この先も一緒に歩くと信じて疑わない、その目。
――その表情を。
ナイフで、深々と裏切った。
「……っ……」
アイラは、自分の腹に突き立った刃を見下ろし、
まるで現実を理解できない、という顔で、私を見上げた。
「……なん、で……」
口元が震えて、血が流れ落ちるのも気づかない。
「ど、して……」
泣きそうに、震える瞳。
それでも、最後の最後まで私を信じるあの目。
――ウザい。
私はその耳元で、囁いてやった。
「決まってるだろ。お前の体は、これからずっと……私のものになるんだから」
そのまま、彼女の腹を裂き、賢者の石を埋め込んだ。
血と肉と魔力で、強引に固定して。
これで完成……そう信じていた。
けれど――
待てど暮らせど、アイラは蘇らなかった。
肉が腐り、骨だけになっても。
賢者の石は彼女の体に溶け、どこにもなくなった。
「がっかりさせてくれる……」
私はあの女を、集団墓地に投げ捨てた。
――それなのに。
「生きていた……生きてやがった……!」
拳を握る。
全身が震える。
怒りとも、興奮ともつかない、爆発しそうな感情が体を満たす。
「まあいい……次は失敗しない」
再び彼女を手に入れる。
その体も、魔力も、命も、全部。
あの時以上に、深く、逃げられないように。
「今度こそ……完全に、私のものにしてやる」
男の口元に、狂った笑みが浮かぶ。
闇がざわめき、地の底が嗤った。




