22 母さんの死とオレのはじまり【レオニダス編】
今年も、七月七日がやってきた。
……で、気づいたんだけど。
俺、つい最近まで知らなかったんだよね。
彦さんと織さんが「夫婦」で、「黄泉界から来た存在」で、
しかも「あの有名な七夕伝説の二人」だったなんて。
マジかよってなるでしょ?
たった一日、デートで仕事サボっただけで――
「一年に一度しか会わせない」とか言い出す織さんの父、天帝。
どんだけ心狭いんだよ。絶対、彦さんに嫉妬しただけだろ。
……いやまあ、知らんけどさ。
絶対アイラ、グッジョブだろう
今年も、二人はニコニコしながら黄泉界に帰っていった。
言われてみれば――確かに、普段あの二人が触れ合ってるとこ、見たことない。
依代の身体だから当然なんだけど……
今日だけは違うんだろうな、って思った瞬間――
……あんなことや、こんなことや……
妄想が暴走して、俺、顔面真っ赤。
ダメだダメだダメだ!
オレ思春期です!!!!!
しかも最近、もっとやばい。
……アイラが、可愛いんですけど。
弟の師匠に恋するとか、絶対ない。ないんだけど!
同じ家に住んでて、同じダンジョンの下で寝てて、
一緒にダンジョン突破を教えてもらって、
料理食べさせてもらって、
何なら最近、優しく頭撫でられたりして――
おかしい。これは絶対おかしい。
この前、つい「アイラって……綺麗だよな」ってギャランに言ったら、あいつ、ゴキブリ見るみたいな目で睨んできた。
いや!事実述べただけだし!!
でも正直、気になる。
……気になりすぎる。
それに最近、もっと気になってることがある。
――アイラが、絶対に、玄関のドアから外に出ないこと。
ドアを開けたら、すぐそこに神殿があるんだ。
かつて「賢者の石」があった場所。
俺、こっそり見に行ったことがある。
中には、でっかい台座があるだけ。
別に変な気配もない。ただ、妙に……懐かしい空気がした。
あの空気、なんだろうな。
オレ、父親は「闇夜神」っていう神様で、母さんは雷獣。
雷獣の母さんは、そりゃもう、乱暴で強くて……でも、ちゃんと俺もギャランも可愛がってくれた。
父親には会ったことない。
どんな姿なのかも知らない。
けど……この妖力の量を考えると、まあ、相当ヤバい存在なんだろうってことはわかる。
もしかして――あの神殿の空気が懐かしく感じたのは、父親が神のせいなのかもしれない。
……母さん。
あの日のこと、今も忘れられない。
バーベラが咲き始めてから、灯霞の妖たちは次々倒れた。
俺と母さんは毎日走り回ってた。
妖力を燃やして、
雷を落として、
バーベラを切り落として……
なのに、やればやるほど、体がしんどくなっていった。
あの時は知らなかった。
俺たちの妖力が、あのバーベラに“吸われてる”なんて。
しかも、それだけじゃない。
――あの日。
家に帰ったら、母さんが血を吐いて倒れてた。
息をしてなかった。
振り返ろうとした瞬間、背後に――視線。
誰かがいた。
黒い、深い、穴みたいな――“目”。
でも……そのまま俺も、意識が途切れた。
あれは――父さんなのか?
それとも、別の何者か。
母さんは、どうして別れなかったんだろう。
違う女との間にできたギャランのことも、ちゃんと育ててくれた。
あんなに優しくて、強くて……誇り高い人だったのに。
わからない。
わからないことだらけだ。
でも、ひとつだけ確かなのは――
「オレは……いつか全部、知りたい」
そのためにも、もっと強くならなきゃ。
……そんなことを、窓の外を見ながら考えていたときだった。
不意に、背中にふわりとやわらかい気配。
「……レオ」
肩越しに、優しい声。
振り返れば、そこに――
いつもの、けれど、どこかほんの少しだけ柔らかい表情のアイラがいた。
「なんか悩んでるの?ちゃんと、ごはん食べなさい」
そう言って、笑う。
その笑顔があんまり優しくて――
胸の奥が、きゅっと鳴った。
「あ、ああ……わかってるって」
視線をそらして、慌てて立ち上がる。
……なんだこれ。
心臓、バカみたいに速い。
さっきまで、母さんのこととか、バーベラのこととか、いろいろ考えてたのに。
なのに今はただ――
この魔女の笑顔で頭がいっぱいになってる




