18 奪われる命、戻す命――賢者の石の回復魔法
《これまでのあらすじ》
バーベラの花が咲いて町は大混乱。
ギャランは外に出られず、アイラと二人きりで結界の補修に追われている。
でもレオニダスが倒れてしまい、命が危ない。
アイラはギャランの妖力を借りて必死に治療を始める。
不安だらけの中、ギャランも力を振り絞って、レオ兄を救おうと奮闘する――。
ギャランの妖力が、静かにレオニダスの胸へと流れ込んでいく。
ピンク色の光が、細く、細く――けれど確かに伸びて、レオニダスの顔色がほんのわずかに戻りはじめた。
(でも……まだ油断できない)
アイラは唇を噛み、胸の前で両手を組む。
(この原因を……早く断たないと!)
意識をレオニダスの体内深くへと沈めていく。
……そのとき。
――ぐっ。
何かに、ぐいっと引っ張られる感覚。
(……ここだ!)
レオニダスの中心。妖力を底なしに吸い上げている“渦”がある。
(やっぱり……バーベラの時と同じ!)
アイラは息を止め、一瞬で指を走らせる。
見えない空間に浮かぶ、敵の魔法陣の中枢部分に――無理やり干渉。
「……書き換え!」
ぐしゃり、と掴むように術式をひっかき回す。
抵抗が走る。けど、止まらない。
「消去ッ!!」
叩きつけるように魔力を流し込む。
――パリン!
砕けるような音と同時に、アイラの体は派手に吹き飛んだ。
壁に激突。鈍い音が響く。
「し、師匠っ!!」
ギャランが悲鳴をあげかけた。
けど、すぐに彼は両足を踏ん張り、妖力の流れを崩さない。
(……成長したじゃん)
壁にもたれたまま、アイラはへらっと笑って片手を振った。
「だいじょうぶ。ちょっとキたけどね」
肩で息をしながらも、声はいつも通りを装う。
ギャランは涙目で睨んでくるけど、妖力供給の手は絶対に止めない。
(……ほんとに、よく頑張ってるわ)
アイラはふっと息を吐き、レオニダスに視線を戻した。
死人のようだった顔色に、じわりと血の気が戻ってきている。
胸も――かすかに、上下してる。
「……レオ兄!」
ギャランが息をのむ。
その妖力が、確かにレオニダスをつなぎとめていた。
アイラは満足そうにうなずく。
「よし、もう妖力止めていいわ。十分、持ち直した」
ギャランは言われた通りにそっと手を離すと、その場に崩れ落ちた。
「えらいえらい。ほんと、よく頑張ったわね」
くしゃっとギャランの髪をかき乱しながら、アイラは立ち上がる。
そのままレオニダスに近づき、今度は回復魔法をかけ直した。
淡い光が、彼の胸を包む。
今度は……ちゃんと効いた。
呼吸が楽になって、肩が小さく動く。
「……う、うん」
かすれた声とともに、レオニダスがゆっくりとうっすら目を開けた。
「……あ……アイラさん……あ……ギャラン……?」
その声に、ギャランがぱっと反応する。
「レオ兄!! ここいるよ! ちゃんといるから!」
彼は泣きそうな顔で、レオニダスの手を握りしめる。
次の瞬間、レオニダスの顔が、急に強張った。
「……母さんが……」
「え?」
ギャランがきょとんとした瞬間だった。
レオニダスの全身が小刻みに震えはじめ、目尻から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「母さんが……目の前で……オレの前で……!」
絞り出すような声だった。
「母さんが……死んだ……!」
ギャランが目を見開く。
「……え……」
アイラは、ギャランの背中に手を置いて、震えを止めるようにそっと押さえる。
「落ち着きなさい、ギャラン」
けれど、その声は、どこまでも静かで優しかった。
「まずはレオの体を安定させて。それからよ……全部の話は」
ギャランは必死に涙をこらえながら、ただ兄の手を握りしめ続けた。




