17 師弟の選択
《これまでのあらすじ》
バーベラの花が咲き、街は混乱。
ギャランは外出禁止で結界補修に追われ、レオニダスは姿を消したままだった。
不安が募る中、アイラはついに扉の向こうで倒れたレオニダスを発見する。
瀕死の彼を抱えて家に転移し、緊急防御展開、そして命をつなぐ治療が始まる。
けれどレオニダスは目を覚まさない。
この異常事態の裏で、さらに大きな不安が胸をよぎる――
黎凰は無事なのか。
そして、一体この街で何が起きているのか。
レオニダスの胸に手をかざし、アイラはすぐさま術式を走らせた。
心臓に直接――回復の魔法陣。
一瞬、鼓動が戻りかけた。けれど……追いつかない。
レオニダスの体内から、妖力がどんどん抜け落ちていく。
(まずい……このままじゃ、間に合わない)
次に浮かんだ選択肢は、最悪だった。
――ギャランに、妖力を注がせるか。
けど、それはあまりにも危険すぎる。
最近、ようやく力のコントロールを掴みかけてきたとはいえ……。
まだ精神も未熟で、心臓に直接妖力なんて流せば、最悪、暴発する。
ギャラン自身が、二度と立ち直れないほどのダメージを負うかもしれない。
(選ばせる? ギャランに?)
そんなの、あまりにも酷だ。
(私が、決めなきゃ……。師匠だったら……)
一瞬、胸の奥から記憶がよみがえる。
かつての、あの男の顔。
――師匠。
アイラに「賢者の石」を埋め込んだ、あの男
(あの人なら……弟子の命なんて気にしないで、躊躇なくやらせるはずよね。弟子をどうするかじゃなく、自分の永遠の命にしか興味がなかった)
奥歯を噛み締め、アイラはかぶりを振った。
(でも、私は違う)
「レオ……しっかりして」
胸の奥から湧き上がる焦りと迷いを振り払うように、アイラは声を絞り出す。
(こんな時に……なんであんな人のこと、思い出してるんだろ)
――その瞬間、ひらめいた。
「……彦、織! ギャランを、すぐここに!」
命じた次の瞬間には、二人がギャランを連れて転移してくる。
「魔法陣、貼り終わりました! 結界補強、続けますか?」
「ギャラン以外はお願い! ギャラン、あなたは……私に力を貸して!」
言うが早いか、アイラは自分の髪をひと房、ぶちんと強引に引き抜いた。
「これに、妖力をできるだけ細く、長く、コーティングして」
「……えっ?」
突然の指示にギャランは目を丸くするが、事態の深刻さは理解できている。
戸惑いながらも、彼は震える手で妖力を操作し始めた。
アイラの黒髪に、淡いピンク色の妖力が、そっと絡みついていく。
(レオ兄……ごめん。今、顔を見ると動揺するから……できることに、集中する)
その想いが乗った妖力に、さらにアイラの魔力が重ねられる。
髪はピンクと金の光を帯び、次第に輝きを増していく。
アイラは小さく息を吸い、呪文を紡ぐ。
「我が髪に宿る、賢者の石よ……
彼の命を奪う源を、すべて吸い上げなさい――」
静かに、しかし力強く。
アイラの髪に封じられた“石の力”が、ゆっくりと目覚めていく。
束になった光の糸が、舞うようにレオニダスの胸へ吸い込まれていった。
「――ぐはっ!」
レオニダスが、激しく咳き込む。
(……見えた)
アイラはすぐさま次の術式を構築し、彼の体内で暴れている“何か”に向けて再び手をかざす。
中から抵抗するように、さっき注ぎ込んだはずの髪が、真っ黒に焦げ、炭のようにレオニダスの全身から吹き出してきた。
「くっ……」
アイラの額に汗が滲む。
けれど。
(まずい……レオニダスの妖力が、もう……)
どんどん減っていく。これ以上は――。
そのときだった。
「……っ!」
ギャランが、ぐっと目を閉じ、ゆっくりと右手を掲げた。
「ギャラン……?」
「俺……やる」
震える声。でもその中に、明確な決意があった。
アイラが止めるより早く、ギャランの手からするすると、細い妖力の糸が伸びていく。
向かう先は――レオニダスの心臓。
(ダメよ、危ない……!)
けれど……止められなかった。
(自分で、選んだ……!)
ギャランは歯を食いしばり、ぶれないまま、妖力をコントロールする。
暴発させないように、慎重に、けれどしっかりと。
(失敗は、許されない……!)
(自分にできること……それをやらなきゃ、もっと……もっと許されないんだ!)
ピンクの妖力が、優しく、けれど確かにレオニダスの胸へ流れ込んでいく。
「レオ兄を……助ける……!」
その願いに呼応するように、アイラも再び両手をかざす。
「……いくわよ、ギャラン。次は、私が受け止めるから!」
レオニダスの胸の奥、止まりかけていた命の灯が――ゆっくりと、ふたたび灯り始めた。




