16 突然の重傷、兄を救え! 魔女の家、非常事態!
《これまでのあらすじ》
レオニダスが、数日間姿を見せない。
バーベラの花が咲いてから、町の空気はどこかおかしい。
異常な花粉、妖力の吸収、そしてわずかに残る魔力の痕跡。
不安を押し殺しながら結界の補修を続けていたアイラは、ついに気づく。
扉の向こう、微かに残るレオニダスの気配――けれど、その力はあまりにも弱々しい。
嫌な予感に突き動かされ、アイラは結界作業を放り出し、レオニダスのもとへと飛び込む。
「レオ!!」
扉を開けた瞬間、心臓が凍りついた。
レオニダスが、いつも使うあの“扉”の向こうでぐったりと倒れている。
意識は混濁。唇はわずかに震えているけど、声にはならない。
「……しっかりしなさい、レオ……!」
私は迷わず彼の体を抱き上げた。
いまは、とにかく家に連れ帰る。それが先。
黎凰は?
最悪の予感が、頭の隅で暴れまわる。
でも……まずは、目の前の命を繋ぐこと。
彼の家は妖界にある。
灯霞じゃない。
闇夜神と黎凰の息子。
家のセキュリティは桁違い。
それに、妖で彼らより上の力を持つ存在なんて──
(何が?まさか、バーベラだけでこんなになるはずない)
しかも、妖力の枯渇。
ありえない。
レオニダスが、ここまでになるなんて。
「……っ!」
瞬間、背筋を這い上がる殺気。
体が勝手に動いていた。
私はレオを抱えたまま、自宅へ強制転移。
次の瞬間には、あの“扉”ごと、空間ごと──消した。
「……これ以上、つながってちゃダメ」
言い終わる前に、私はレオを床に寝かせた。
「彦! 織! 至急帰宅! 店は放置! 全力で戻って!」
念波を放つと、数秒後には二人の気配が家中に満ちる。
「ギャラン、彦、織! これ使って!」
私は、あらかじめ用意していた魔法陣入りの羊皮紙を床にぶちまけた。
「家中にこれを貼って! 一枚残さず!!」
「わ、わかった!」
ギャランが慌てて羊皮紙を抱え、彦と織は得意の術式で、
敷地のあちこちに魔法陣を飛ばしていく。
「え!レオ兄!!」
ギャランが駆け寄ろうとする。
「ギャラン、止まって!!」
私の一喝に、ギャランはピタリと足を止めた。
「今は私が治療に集中できる環境を作るのが最優先! 他の防御はできないの!」
ギャランは拳を握りしめ、歯を食いしばる。
突然、師匠が飛び出して、瀕死の兄を連れ帰ってきて、
意味もわからない魔法陣を貼れと言われた。
それでも──
(……これが、今の自分にできることだ)
ギャランは全力で羊皮紙を貼り始める。
魔法陣が発動するたび、光が走り、家の結界と絡まり合って防御層がどんどん厚くなっていく。
(僕が破った……あの部分は……?)
振り向くと、彦と織がギャランが開けた穴を中心に、
二人がかりで魔力糸を出して補強していた。
「僕も加勢します!」
ギャランは二人のもとに駆け寄り、
これまでにない集中で、妖力と魔力の糸を編み出し始めた。
私はその横で、ギャランがこれまで貯めてきた妖力石をひとつ手に取る。
(これを使うしかない……!)
掌に力を込め、呪文を編む。
妖力石から、糸のように細く光が流れ出す。
私はその光を、レオの心臓あたりに向かってそっと導いた。
「お願い……!」
その“命綱”のような力が、レオの胸元に吸い込まれていく。
けれど、レオの顔はまだ蒼白いまま。
私は奥歯を噛みしめながら、手を止めない。
(こんなにまで追い詰められるなんて……)
(いったい、何があったの……?)
(黎凰は……まさか……)
胸の奥に、冷たい予感が広がっていく。
私は震える手で、さらに次の回復魔法を組み始めた。




