14 見えない不安と届かない手
《これまでのあらすじ》
あの夜から数日。
ギャランは力のバランスを掴み、魔力も妖力も同時に扱えるようになった。
母や兄との関係も近くなり平穏な日常が戻りつつあった……はずだった。
そんなある日、灯霞の広場に“オーベラ”が咲く。
百年に一度だけ咲くと言われる花。けれど今回は様子が違う。
広場に立ちこめる異様な悪臭、紫色の花粉、異常な成長速度。
「これ、ただの珍しい花じゃない」
アイラが警戒する中、街にじわじわと異変が広がっていく
バーベラの花が開いてから、僕はずっと家に引きこもり生活だ。
「半妖の体にどんな影響が出るかわからないから」
そう言って、師匠にぴしゃりと釘を刺された。
……もう、逆らえるわけがない。
外の町じゃ、人間たちも大混乱らしい。
「臭いで呼吸困難」「全身じんましん」「目が開けられない」って、医者に長蛇の列だって。
師匠が作る薬を求めてお客が来るから、彦も織も店に行って人間時間は師匠と二人きりだ。
そう、マンツーマン修行
「ほら、ギャラン、もっと細く! 今のじゃ糸が太すぎ!」
師匠の声が部屋に響く。
僕は慌てて指先から魔力と妖力を絞り直す。
できるだけ細く、繊細に。
「……ご、ごめんなさい」
「ごめんはいいから集中! 今、できることをやる!」
師匠は、鬼の形相で魔法の糸車をぶん回している。
カラカラ、カラカラ……。
けっこうなスピードで回ってるのに、まったく糸が乱れない。
その間にも、僕の出した力は、くるくると撚り合わされて、魔法の糸車で一本の強い魔力糸になっていく。
「結界って……てっきり、空に魔法陣がバーン!って出て終わりだと思ってました」
ぼそっと言ったつもりだったけど、聞こえたらしい。
師匠が顔だけこちらに向けて、ニヤッと笑った。
「それは即席用。今回みたいに町中に張り巡らせるなら、ちゃんと材料から作るのよ。ね、弟子くん?」
からからからから……さらに糸車の回転が加速する。
その横顔は、どこか楽しそうで、でも本気で必死で――。
(……ほんと、すごいな)
でも、そのぶん、僕の胸はちくりと痛む。
(これ、僕が破ったんだよな……この結界……)
改めて、自分がやらかしたことのデカさを思い知らされる。
それでも、師匠は怒鳴らなかった。
怒鳴るどころか、こうして一緒に結界の補修作業に付き合わせてくれてる。
「しっかりしなさい、ギャラン。……泣くなら、あとで肩貸してあげるから」
不意に、優しい声が落ちてきた。
顔をあげると、師匠が片手で僕の頭をくしゃっと撫でている。
「……!」
顔が一気に熱くなる。
慌てて視線を落とすと、また魔力の出力がガタガタになった。
「はいはい、集中ー。ほら、ほら! 次、もっときれいに出して!」
師匠はもう、完全にスイッチが入ってる。
顔に汗ひとつかいてないのに、目だけギラギラしてて、まるで戦闘モードだ。
(ほんと、すごい人だ……)
僕も、負けてられない。
そして、ふと思う。
(レオ兄……最近、来ないな……)
扉が開通してからは、毎日のように顔を出してくれてたのに。
こんなとき、絶対先頭に立つ人なのに。
心の奥に、ひどく冷たいものが、じわじわ広がっていく。
(まさか……何かあったんじゃ……)
いや、ダメだ。今は目の前の作業に集中しなきゃ。
僕はぎゅっと唇をかんで、再び指先に力を込めた。




