11 痛みを引き受けてくれる人
《これまでのあらすじ》
半妖の少年ギャランは、人間界で魔女アイラのもと修行を続け、少しずつ魔力の扱いを覚え始めた。
一方、妖力は未だ暴走寸前で、制御には遠いまま。
兄レオニダスは相変わらず騒がしく、ギャランの修行は混乱続き。
そんな中、彼らを静かに見守っていた“妖界の母・黎凰”が、ついにギャランの前でその力を示す。
不器用でぎこちない家族の距離感のまま――
それでも、ギャランのために「母の手本」が始まる。
親子二人の温かい空気を見ながら、
「……なんか、違うのよね」
と、アイラはぽつりとつぶやいた。
たぶん――レオニダスに対しては遠慮がまったくない黎凰が、ギャランにはどこか“優しい母”を演じているように見える。その差が、妙に引っかかるのだ。
ギャラン自身も、黎凰のやさしさは感じている。けれどレオニダスと接するときの“自然さ”とは明らかに違うことに、うすうす気づいていた。
これじゃ、妖力なんて見えるわけないわ。
アイラは腕を組んで、少しだけ悩んだ。
あっ、そうだ。
「魔力導線、使えるんじゃない?」
思いついた瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
私の場合、魔力が弱かったから、指先からギャランの魔力孔へ繋げて魔力を流した。じゃあ……逆もできるんじゃない?でも、それを受け止めるとなると――
「黎凰には、ちょっと負担が大きすぎるかもね」
そう言いながら、アイラはぽつりと笑う。
「……ふふ。なんだかいい案が浮かんだみたいね?」
黎凰が笑いながら尋ねると、アイラは笑いを止め、じっと彼女を見つめた。
「黎凰。あんた、そんな“ぬるい女”じゃないわよね?」
「ぬるい……?」
むっとした黎凰が眉をひそめる。
さっきまでいい雰囲気だったのに、師匠どうしたのさ?ギャランはそう言いたげに、そっとアイラを見た。
「レオニダスがもし、ギャランのように“見えていなかったら”――黎凰、あんた、そんな中途半端な甘やかし方しないでしょ?」
そう言って、アイラは魔力導線を取り出す。
「これ、魔女の訓練道具。名前は“魔力導線”。弟子の魔力の流れが弱いときに、師匠が調整した魔力を送って魔力孔を広げるために使うものよ。原理は妖力でもつかえるはず」
テーブルの上に導線を置きながら、アイラの視線が鋭くなる。
「……今回は、その逆。ギャランの“妖力”を、あんたが受け止める。それを調整して石に流す。そうすれば、彼は“出す”感覚をつかめるはず」
しん、と空気が張り詰めた。黎凰には伝わったらしい。
黎凰は、導線を見下ろしながら静かに言った。
「……わかったわ。やってみましょう」
アイラは導線の片側をギャランの手のひらに、片側を黎凰の甲に当てた。
「流して、ギャラン。もちろん、細く。石に少しずつ貯めるイメージで。――じゃないと、黎凰の手、吹っ飛ぶわよ」
「っ――!」
ギャランの顔が一瞬で青ざめる。目元にはすでに涙が滲んでいた。
「そんなの無理だよ……師匠だって知ってるでしょ。僕が、まだコントロールできないって……! なのに、どうして……!」
絞り出すような訴え。それでも、アイラの眼差しは一切揺るがなかった。
「言ったはずよ。この前も――。コントロールできなければ、死人が出るって」
その声音は冷たいというより、厳しさの奥に切実な焦りをはらんでいた。
「いい? 手が吹っ飛ぶくらい、何よ。親が代わりに傷を負うなんて当たり前なの。中途半端に守ったって、結局あとからもっと苦しむことになる。だったら今、痛みを引き受ける方がマシなのよ」
アイラの声が一気に鋭くなる。
「中途半端な努力はいらない。“飛ばしたくない”って思うなら――“飛ばさない”ように制御しなさい。最初から“失敗前提”で語ってんじゃないわよ!」
「お、おい……! さすがに言いすぎだろ……」
レオニダスが眉をひそめて声をかけるが、アイラは一歩も引かない。その迫力に、ギャランは飲まれるように導線へと意識を向けた。
――流さなきゃ。うまく。細く。
でも、怖い。怖くて、仕方なかった。
そのとき――。
「……っ!」
黎凰の手のひらから、赤いしずくがぽたりと落ちた。
血だ。
それでも、黎凰は笑っていた。痛みに歪みながらも、息子を見守るようなやさしい微笑みだった。
――違う。違うよ、母さん。
僕が欲しいのは、そんなふうに耐えてくれる“愛”じゃない。
僕が……コントロールしなきゃ。
僕が、この手で止めなきゃ……!
焦る心に反比例して、導線の先で妖力が荒れ狂う。黎凰の手からは次第に血が溢れ、彼女の額には脂汗がにじみ始めた。
「やめて……やめてよ、母さん……我慢しないで……!」
涙声がこぼれた、次の瞬間だった。
――ぱあっ!
目の前に、まばゆいほどのピンクの光が広がる。
「――あ」
妖力だ。
見えた。はっきりと、“流れ”が見えた。
けれど、その一瞬の奇跡と引き換えに――
ギャランの目に映ったのは、
黎凰の手が、腕ごと吹き飛び、赤い飛沫が宙を舞う光景だった。
「……!」
悲鳴すら出ないまま、ギャランの意識は真っ白に染まった。




