10 ぎこちなくても親子だから
《これまでのあらすじ》
半妖として疎まれ、逃げ続けてきた少年ギャラン。
ある日、力が暴走し、人間界の魔女・アイラに拾われる。
朝は畑、昼は薬屋、夜は魔力と妖力の制御訓練。
小さな「できた」を積み重ねながら、居場所を得ようともがく日々。
だがそんな彼の前に、最強の兄レオニダスと、さらに規格外な母・黎凰が現れて……。
「ごめんなさいね。うちのボンクラが、そんな連日押しかけてご迷惑をおかけしていたなんて……思いもしなかったわ」
柔らかく頭を下げながら、そう言ったのは黎凰。どこか申し訳なさそうな――でも、その奥に確かな怒りを秘めた声だった。
(怒ってる……確実に、めちゃくちゃ怒ってる……!)
ギャランはそっと兄の後ろに隠れる。だがその兄、レオニダスは堂々と腕を組んで――
いや、堂々というより、棒立ちで現実逃避していた。
「二人とも、結界破りが趣味なのかしら?」
アイラが呆れたように言って、肩をすくめる。
「とはいえ、ちゃんとした結界は必要なの。妖がどうこうって問題じゃなくて、ね」
ちらりと視線を送ると、黎凰もすぐに察したようで、静かにうなずいた。
(……あの結界、“区切り”だけじゃないってことか)
ギャランは、アイラと黎凰のやりとりを見ながらぼんやりと思う。と、その空気をふっと変えるように、アイラが一つの小さな石、妖力石を差し出した。
「それでね。これ、妖力を貯めようとすると二人とも粉々になるの」
「うちのレオ、繊細作業は昔から苦手だから。ギャランも、妖力の感覚さえ掴めば上手くいくとは思うのだけど、どう教えたらいいのか……」
黎凰は苦笑しながらも、どこか遠慮がちに言葉を繋げた。
そう
彼女はギャランにとって育ての親でありながら、実の母ではない。だからこそ、どう声をかけるべきか、常に距離を測ってきた。ギャランもまた、それをわかっていた。けれど、それを埋める術も、やっぱり持っていなかった。
「……ありがとう」
ぽつりと、それだけ呟いて頭を下げるギャランに、黎凰がふっと優しい目を向ける。
そして次の瞬間。
「とりあえずレオ!! いい加減にしなさい!!!」
バコーン!!
「ぐはっ!?」
稲妻のような鉄拳がレオニダスの脳天を貫いた。
「アンタはいい年して、アイラと弟に迷惑ばっかりかけて! 母は悲しいわ!」
「ま、待って母さん、俺にもいろいろあって――って二発目はやめて――」
バコーン!!
「ぎゃあああああ!!」
(……何発でも入るんだな、母の愛情って)
ギャランは、兄がふっとぶ姿を見ながら思った。
そして、黎凰は何事もなかったように妖力石を手に取り、小さな石を指先でつまむ。
「さて……ギャラン。今から見せるわね」
そう言って、左手の二本の指で妖力石を浮かせ、右手の人差し指をくるくると小さく回した。
すると――
「え……?」
石から、細いピンクの光の糸がするりと伸び、ふわりと石の中心に吸い込まれていく。
「すげえ……」
レオニダスが、さっきまでの被害者だったのが嘘のように見入った。
「えっ? なに? 何がすごいの? なにか出てるの!?」
ギャランが焦って目を凝らすが、見えたのはほんのりと光を放つ石だけ。
(くそっ、見えない……!)
「妖力は“感じる”ことから始まるのよ」
黎凰がやわらかく微笑む。
「ギャラン、あなたならきっと――見えるようになるわ」
その言葉に、ギャランの胸の奥がふっとあたたかくなった。
どこかぎこちない家族関係の中でも、確かに“信じてくれる人”がいる。その想いが、小さく、確かに彼の中に灯るのだった。




