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第四話 閉ざされた迷宮で

 静けさが重くのしかかってくる。


 頭上には崩れかけた天井、足元には苔むした石畳。

 立ち込める空気は重く湿って、時間の感覚すら曖昧にさせる。

 ここがどれだけ深く閉ざされた領域なのか、肌で思い知らされる。


 俺は、ダンジョン第五階層のさらに下。

 構造図にも記録にも残されていない“深層の迷宮”にいる。


 《憤怒》の暴走は収まり、体調も少しずつ回復してきた。

 ただ、全身の筋肉はまだ重く、細かい震えも残っている。


 あのスキルは……一歩間違えれば、本当に自分を壊してたな。


 拳を握る。

 血の気の引いた手が、ぎし、と軋む音を立てた。

 けれど同時に、この力を手放す気にはなれない。


 俺には、やらなきゃいけないことがある。


 裏切った仲間たち……。

 それらの名前を思い浮かべるだけで、胸の奥に炎が灯る。

 怒りは冷えていない。

 形を変えて、静かに燃え続けている。


 だが、今はそれを使う時じゃない。

 まずは、ここから生きて出る。

 それが最優先だ。


 通路の奥へと進む。

 この階層は、明らかに造りが異常だった。


 壁の装飾、石柱の配置、魔力の流れ。

 どれを取っても“設計されている”気配が強い。

 自然発生した迷宮とは明らかに異質。

 誰か、あるいは何かが意図して造った場所。


 まるで、俺がここに来るのを“待っていた”みたいだな。


 そんな考えが、脳裏をよぎる。


 そしてその予感は、すぐに現実となった。


 通路の先に、小さな部屋があった。

 そして、その中央に人影が立っていた。


 痩身で長髪の男。

 全身に奇妙な模様が刻まれた、薄布のような装束を纏っている。

 魔物ではない。

 だが、決して“普通の人間”でもない。


 俺の気配に気づくと、男はゆっくりと顔を上げた。


「……来たか。原初に選ばれし者よ。」


「……何者だ、お前。」


 咄嗟に黒剣を構える。

 反応は自然だった。

 体が、この男を“敵”と認識している。


 だが男は、微笑みを浮かべながら首を振った。


「俺は君を試す者。名乗る名はない。ただ、ここで幾千の時を過ごしてきた者だ。」


「試す……?」


「君が手にしたものは、《原初》のひとつ――“憤怒”の力だ。だが、それは始まりに過ぎない。原初とは七つ。そして、それぞれが相対する存在を生む。」


 言葉の意味がすぐには掴めなかった。

 だが、その瞳に宿る光――

 それが本気であることだけは、はっきりと理解できた。


「俺がここで何を見つけたか、お前がどこまで知っているのかはどうでもいい。だが……お前がこの力に関わるなら――容赦はしない。」


 そう言った瞬間、男の足元が弾けた。

 踏み込み。

 空気を裂いて飛び込んでくる。


 速いな……!


 そんな思考が追いつくより先に、斬撃が俺を襲った。


 ギリギリで防御に転じる。

 黒剣が火花を散らし、衝撃が腕を痺れさせる。

 想像以上の力だ。

 魔獣よりも遥かに鋭く、洗練されている。


「君が憤怒に呑まれたままなら、その時点で終わりだった。……だが、冷静さを取り戻した。」


 男の目が、どこか愉しげに細められた。


「――だからこそ、“次”へと進む資格がある。」


 再び襲い来る攻撃。

 だが、さっきよりも緩い。

 試すような一撃。


 ……なるほど。

 これは“試練”だ。


 剣を振るい、目を据える。


 なら、受けて立とう。

 この先に進むために。

 自分の力を見極めるために。


 ――そして、復讐を遂げるその日のために。


 金属がぶつかる音が、狭い空間に響いた。


 斬って、弾いて、受けて、躱して――

 互いに一歩も譲らぬ応酬が、何十合も続いていた。


 “試す者”と名乗ったその男は、異常だった。

 一度の踏み込みに三重の意図が含まれている。

 剣圧に潜む“揺らぎ”は罠、目の動きひとつでフェイントが走る。


 今までの魔獣とはまるで違う……これは、“殺し合い”だ。


 生きるために、死を乗り越えるために、剣を振るう。

 それがこの男にとっての“会話”なのだろう。


 だが、俺はそれを拒否するつもりはなかった。


 試されてるなら、応えてやる。

 俺が“選ばれし者”であると、証明する。


 再び剣が火花を散らす。

 振り抜いた黒剣に乗せた魔力が唸りを上げる。

 だが男は苦もなく受け流す。


「いい剣だ。だが、“怒り”だけでは届かぬぞ。」


 静かに言いながら、男は今度は左手を振った。

 その掌から奔ったのは、鋭い風――いや、圧縮された斬撃だった。


「ッ!」


 避けきれない。

 ならば――


「喰らえよ!」


 俺は《憤怒》を呼び起こした。

 感情が爆ぜる。

 血液が熱を帯び、筋肉が膨張し、視界が赤黒く染まる。


 次の瞬間、風刃を“受け止めた”。

 手甲が砕け、皮膚が裂けても、全身を魔力で強化した肉体は一歩も退かなかった。


「……いい判断だ。」


 試す者が微かに口元を歪めた。

 満足げに、そして――刹那、気配が変わった。


 何かが来る。


 俺が魔力を全開にしたのと、男が間合いを詰めたのは同時だった。


 だが、その一太刀は鋭くも、致命には至らなかった。


 黒剣と白刃が交差する。


 止めたのだ、互いに。


 剣と剣とが押し合い、火花を散らす中で、男が問う。


「君は、“怒り”の底を覗いたか?」


「……覗いたさ。俺は、憎んでる。裏切った仲間も、自分の弱さも、全部。」


「では問う――怒りのままに戦い続けることが、“強さ”だと思うか?」


 その問いに、答える言葉をすぐには見つけられなかった。


 だが、一つだけ言えることがあった。


「……怒りだけじゃ、足りない。怒りは火種だ。だが、それだけじゃ……焼き尽くすだけだ。」


「ほう。」


「俺は、“憤怒”を使っても、“憤怒”には使われない。それが出来なきゃ、復讐もなにも――“誰にも届かない”からな。」


 その言葉に、男の瞳が鋭く細まる。


 そして、一歩、退いた。


 剣を下ろし、静かに告げる。


「ならば、君は進むべきだ。次なる原初の力が、“強欲”が……すでに別の者の手に堕ちている。」


「!」


 思わず、黒剣を構えたまま息を呑む。


 “誰か”がもう一つの《原初スキル》を……?


「名は知らぬ。だが、強欲の刻印を得た者が、君の元仲間にいる。その力が、正しく使われているとは限らん。……まあ、恐らくは逆だろうな。」


 強欲。

 それは、欲望の権化。

 もしもあのパーティの誰かが、それを手にしたなら――


 ガルヴァンか……?

 奴の思考なら、きっとその力を“支配”に使う。

 仲間すら、自分の手駒として――いや、それ以下の価値にすら見ないかもしれない。


「……なるほどな。」


 自然と力が籠もった拳を握り直す。


 次の目標が見えた。


 地上に戻る。

 あの裏切りの真実を暴く。

 そして――

 “次の力”を手にした、もう一人の原初の使い手と相対する。


 それが、俺に残された道だ。


 試す者は、うなずいた。


「ならば行け。生きて、怒りと共に歩め。“力を制す者”として、な。」


「……ありがとな。」


 背を向けた。

 出口へ続く道が、音もなく開かれていた。


 足を踏み出すたびに、心が定まっていくのがわかった。


 強欲――それが何者の手に落ちたのかは、まだわからない。

 でも……。


 俺はもう、止まらない。


 怒りを灯して、世界を歩いていく。

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