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第十九話 黒き傲慢、仮面の導師

 ヴェンデルの夜が明けた。


 薄雲に包まれた朝焼けが、石畳の街を照らす。だが、華やかな街の表情の裏にある不穏さは、ますます濃さを増していた。


 ルクスとレアは、昨晩の戦いと接触を受けて、情報収集のため中央図書塔へと向かっていた。


「この街に“原初スキル”の痕跡があるのなら、過去の記録や神秘学に関する文献に何か残ってるはず。」


「派手に戦ったからな。あいつの正体も、ただのスキル持ちじゃない気がする。」


 二人は静かな階段を登り、最上階の閲覧室へと辿り着く。


 だがそこで、思わぬ人物と出会う。


「……君たちも、“感情の痕跡”を追っているのか?」


 立ち並ぶ書架の隙間から、黒衣の青年が現れた。


 長身で、顔半分を仮面で隠している。

 白銀の髪を後ろに束ね、手には古びた魔導書。

 整った声は、どこか無機質で、感情の温度が感じられない。


「……誰だ?」


 ルクスが即座に警戒を見せると、男は静かに一礼した。


「名乗るほどの者ではない。だが、君たちが“憤怒”と“嫉妬”を帯びた気配を持っているのは感じ取れる。私は《感情理論》を研究している者だ。仮に、“導師”とでも呼んでくれ。」


「……仮面の導師、か。怪しさ満点だな。」


 レアが身構える中、導師は平然と続けた。


「昨夜の“色欲”の波動。君たちも感じただろう? あれは未熟な継承。だが、危険だ。欲望は形を与えられた瞬間、人を狂わせる。制御されていない《原初スキル》ほど厄介なものはない。」


 導師の口から、はっきりと“原初スキル”という単語が出た。


「……知ってるんだな、原初の力を。」


「多少はね。だが私は、欲していない。あれは力であると同時に、枷でもあるからな。」


 その冷めた声には、どこか嘲笑すら混じっていた。


 ルクスは気付いた。

 この男は、ただ知っているだけではない。何かを“経験した者”の声だった。


 ……この余裕。

 もしかしてこいつも……


 だが、導師はすぐに話題を変えた。


「ヴェンデルの地下には、“魔導遺構”が存在する。かつて神秘学と感情術式を組み合わせた禁忌の研究が行われていた場所だ。昨夜の波動は、そこから発されていた可能性が高い。」


「それを……教えてくれる理由は?」


「私にも“確かめたいもの”がある。それだけだ。」


 そう言って導師は魔導書を一冊、ルクスに手渡した。


 そこには、かつて感情を力に変える魔術を研究した賢者たちの記録が書かれていた。

 その最後のページに、こう記されていた。


 ──『怒りが強すぎる者は、やがて自らの魂を燃やし尽くす』──


「……おい、これは。」


「君が今のまま力を振るい続ければ、いつか“怒り”に呑まれる。だが、その道を選ぶのもまた自由だ。……継承者よ。」


 そう言い残し、仮面の導師は風のように図書塔を去っていった。


 その背には、誰も知らぬ“傲慢”の気配が、微かに漂っていた。




/////




 古文書の一節が、ルクスの胸の奥に静かに残響していた。


 ──『怒りが強すぎる者は、やがて自らの魂を燃やし尽くす』──


 今の自分に向けられた言葉のようだった。

 力を振るえば振るうほど、ルクスはどこかで自身の輪郭が削れていくような感覚を覚えていた。


「カイ。……あの仮面の人、本当に信用していいの?」


 レアの問いに、ルクスはすぐには答えなかった。

 窓の外、街の石畳を見下ろしながら、ゆっくりと口を開いた。


「……信用はしてない。でも、俺たちに“知識”をくれた。それが事実なら、それだけで充分だ。」


 二人はそのまま、導師が示した“地下遺構”の入り口へと向かった。


 中央広場から南へ抜けた先、古びた教会の地下。

 封鎖された扉の奥には、まるで忘れ去られた神殿のような空間が広がっていた。


 石造りの通路を進むたびに、空気が重くなる。

 湿気と古びた魔力が混じり合い、肌にまとわりついてくるようだった。


「……ここが、“感情術式”の遺構か。」


「壁に刻まれてるの、魔法陣……でも、普通のじゃない。全部、“感情”に関するものだわ。」


 “悲哀”“歓喜”“恐怖”――複数の感情を象った記号が交錯し、その中心にひときわ大きく刻まれていたのは、《Pride》の文字。


 傲慢。

 その名が示す通り、かつてこの場所には“自らを神とする術”を求めた者がいた。


 そして――


「待って! 誰かいる……!」


 レアの声に、ルクスはすぐさま前に出た。


 遺構の中心、祭壇の前に立っていたのは、一人の少年だった。


 黒髪に鋭い金の瞳。

 年はルクスとさほど変わらないだろう。だが、その身体からは、異様なまでの魔力の圧が放たれていた。


「ここは、選ばれし者の聖域だ。……なぜ、君たちのような“凡俗”が立ち入る?」


「凡俗、だと……?」


 ルクスの眉がわずかに動く。その言葉は、まさに“見下し”の象徴だった。


 少年は続ける。


「僕はここで、《原初スキル:傲慢プライド》と接続した。この力は……神に至るための試練なのだよ。君たちには理解できないだろうが、ね。」


「傲慢の継承者か……!」


 レアが身構える。

 ルクスも拳を握ったが、少年は構える素振りすら見せない。

 代わりに、その背後に漂っていた魔力の霧が形を変え、一体の魔像を構成していく。


「君たちは“力の選定”から外れた者たち。だが、拒むならここで消えてもらう。」


 巨大な魔像が咆哮を上げた。その頭上には、《Pride》の紋章が輝いていた。


「来るぞ、レア……!」


「うん、でも絶対に負けない!」


 ルクスの怒気が沸騰する。

 瞳が赤く染まり、《怒気解放ブレイズギア》が発動する。


「《爆炎連撃ブレイズ・ラッシュ》──!」


 拳が炎を巻き、魔像に叩き込まれる。しかしその一撃は、まるで弾かれたかのように拡散した。


「……!? 跳ね返された……?」


 少年は、淡く笑う。


「傲慢とは、全ての下位を見下す力。君の“怒り”は、僕には届かない。」


 ルクスの拳が、震える。


 この感情は──侮辱、軽視、否定。

 だが、それは怒りの燃料でもある。


「……なら、お前を殴れるだけの“怒り”を見せてやる!」


 叫びとともに、ルクスの魔力がさらに膨張していく。


 傲慢に対する怒りは、新たな炎を宿し、再び拳を握りしめさせる。


 その炎の中に、“仮面の導師”が遺していった言葉がよぎる。


 ──『魂を燃やす覚悟があるか?』


 ルクスは答えた。


「上等だァ! 俺の怒りは、魂ごと燃やす覚悟で握ってる!」


 再び激突する、“傲慢”と“憤怒”――。


 そしてその影で、“導師”が屋上から空を見上げ、静かに呟いた。


「さあ……始まったな。継承者たちの、感情と破滅の連鎖が」

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