表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

第十六話 残響する欲望、再び交わる因縁

 丘を越えた先に、小さな集落が見えた。


 “ヘルミア村”――地図にもほとんど記されていないような、ひっそりとした辺境の村。

 しかし今、その村には異変の報が流れていた。

 “人が、宝に取り憑かれたように暴れた”と。


「妙だな……魔獣の影は薄い。なのに、魔力の乱れが広がってる。」


 ルクスは村の境界に足を踏み入れた瞬間、肌に粘つくような空気を感じ取っていた。


 傍らにはレアがいる。

 彼女は静かに村の空気を吸い込み、眉をひそめる。


「これは……欲望の匂い。甘くて、濃くて、歪んでる。」


「欲望?」


「うん。私たち《原初の継承者》なら、分かる。これは“強欲”の魔力……残滓。」


 ルクスは目を細めた。


 強欲。

 それは大罪の一つにして、《光剣の誓約》――あの元パーティの誰かが、手にしたとされるスキル。


 まさか、その力がこんな形で村に影響を与えているとは。


「……何者かが“使った”というより、“漏れ出た”ような痕跡だな。」


「おそらく、継承者がここを通った。もしくは、短期的に力を使った。でもそれが無差別に周囲へ影響を与えた……。」


 レアの声にわずかに怒気が混じっていた。


 大罪スキルは強力だが、それ故に――制御を誤れば、“周囲の人間の感情”をも侵す。


「……やっぱり、ルクスみたいに扱える人は少ないよ。」


「皮肉か?」


「違うよ。……本音。カイは怒りを剣に変えるけど、他の人は欲望を牙にするだけ。」


 会話を終えた頃、村の中央にたどり着く。


 広場の一角には、魔力で崩れた家屋。

 そして、怯える村人たちが遠巻きに二人を見ていた。


「この辺りが……魔力の中心だ。」


 ルクスが目を凝らすと、焼け焦げた地面の一角に、鈍く輝く“破片”が埋まっているのが見えた。


 それは金属でも、宝石でもない。

 明らかに“魔具の欠片”――何かのスキル発動媒体の残骸だ。


 彼は手を伸ばして拾い上げる。


「……熱い。まだ魔力が残ってる。」


 その瞬間、レアの目が鋭くなった。


「カイ。それ、多分“強欲の器”だと思う。」


「強欲の……器?」


「大罪の中でも、“強欲”だけは物質に宿ることがある。……一時的な器を通して力を拡散する。それが原因で、一般人まで欲に呑まれたのかもしれない。」


「……誰がこんなものを?」


 もう既に答えは分かり切ってはいるものの、そう呟く、


 ──ロカ。


 元パーティの計略士。

 常に冷静で、知略に富み、そして──誰よりも“他人を支配したがる”気質だった女。


 もし彼女が“強欲の継承者”であるなら……この器は、彼女の置き土産。


「カイ……?」


 レアが、彼の袖を軽く引いた。


「怒ってる?」


「いや……冷静だ。寧ろ、今はこの力の拡散を止める方が優先だ。」


 ルクスは欠片を布に包み、荷物にしまう。


 そして、村の広場を見渡す。


「この村はまだ浸食されきってはいない。早い内に瘴気を断ち切る。」


「なら、私も一緒に。……嫉妬って、欲望の反作用だから。少しは抑えるのに役立つはず。」


「……頼んだ。」


 かくして、ふたりは再び、歪んだ力の中心へと歩を進める。


 ――“強欲”の残響が、ルクスを過去へと引き戻そうとしていた。




/////




 村の奥――崩れかけた納屋の中に、魔力の中心があった。


 そこには一人の青年がいた。

 年の頃はルクスと変わらない。

 だが、その瞳は濁っていた。

  焦点を結ばない眼差しの奥にあったのは、理性ではなく――欲望だった。


「お前らも……あの金の指輪が欲しいんだろ……?」


 青年は震える手で、地面に転がる歪んだ金属片をかばうように拾い上げた。


 “強欲の器”――それは、彼を通して魔力を吸い上げ、暴走の触媒になっていた。


「下がれ、レア。」


「分かった。……でも、放っておけない。あの人、心が壊れかけてるよ。」


 ルクスは前に出た。

 青年との距離を詰めながら、声をかける。


「その魔具を離せ。今のお前は、自分の意思で動いていない。」


「うるせェ……。これは俺のもんだ……誰にも渡さねぇ!」


 魔力が爆ぜた。

 青年の腕が黒光りし、筋肉が膨張する。


 ──疑似的な強欲のスキル効果。

 所有衝動をエネルギーとして肉体強化に変える、異常な魔力の循環。


 ルクスは拳を握りしめる。


 感情魔力で強化された肉体。

 ならば、抑えに使えるのは……。


 紅い輝きが身体を包む。


 《怒炎顕現インパルスフレア》――怒りの魔力を全身に放出し、瞬時の戦闘能力を引き上げる。


「一撃で終わらせる。制御できるか……試してみろ、俺。」


 疾駆。

 足元に火の紋様が灯り、空気を裂いて間合いを詰める。


 青年が咆哮し、獣のように突っ込んできた。


「《赫ノ牙(スカーファング)》ッ!」


 ルクスの拳が、青年の腹部に突き刺さる。

 怒りを込めた一撃が、魔具の干渉を断ち切るように炸裂する。


 ──だが、同時に青年の目が、血走ったままルクスを睨みつける。


「返せ……俺の、宝を……!」


 なおも立ち上がろうとする青年に、棘が走った。


 レアの魔力だ。

 彼女の嫉妬は、“欲を奪うもの”として、抑制に効果を持つ。


「ごめんなさい。でも、カイの邪魔はさせない。」


 棘が青年の足を縛り、行動を封じる。


 その一瞬を逃さず、ルクスが再び拳を構えた。


「終わらせる──!」


 《爆炎連撃(ブレイズ・ラッシュ)

 赤い拳が連打され、青年の全身に叩き込まれる。


 魔具の破片が砕け、鈍い光が弾け飛ぶ。


 やがて、青年はその場に崩れ落ちた。


「……気を失っただけだ。命に別状はない。」


「うん。でも……あの器。やっぱり、ロカが関係してる?」


 ルクスは返答しないまま、崩れた金属片を見下ろす。


 ──強欲の器。その魔力の“癖”は、知っていた。

 かつての仲間。

 いつも、戦利品の分配にうるさかったあの女。


「間違いない。……ロカだ。」


 その名を呟いた時、胸の奥で何かが軋んだ。


 裏切られた怒り。

 それでも一度は仲間だったという記憶。

 そして、何故《原初スキル》を得て、こうして暴れ回っているのかという疑問。


 そのすべてが、未消化のまま燻っていた。


「カイ……大丈夫?」


 レアがそっと隣に立つ。


 ルクスは拳を開き、深く息を吐いた。


「まだだ。これで終わりじゃない。ロカが強欲の継承者なら……他の大罪も、どこかにいる。」


「だったら、見つけて、壊していこう。あなたのために、私が全部……。」


「壊さなくていい。」


 その言葉に、レアの目がわずかに見開かれた。


「……俺が、“奪う”。」


 静かに、しかし確かに。

 ルクスの中に、確固たる意志が芽生えていた。


 ──力を得た者たちから、正当な怒りをもって、その力を“奪い返す”。

 それこそが、自分の《原初スキル:憤怒ラース》に託された使命だと、ようやく理解し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ