第一話 沈黙する違和感
王都ギルド本部――冒険者たちの中心地。
灰色の石で築かれた巨大な建造物は、威圧的な重厚さと静謐を併せ持っていた。昼を過ぎたというのに、出入りする者の数は途切れず、受付前には数十人の列ができている。
その一角、任務掲示板の前に、ルクスは一人立っていた。
喧騒に包まれながらも、その視線は一点に注がれている。
「……第五階層、最奥部探索任務、か。」
紙片に刻まれた依頼内容。それは高難度、かつ高報酬の“選定任務”だった。
挑む資格が与えられるのは、王都ギルドに所属する上位パーティのみ。達成すれば昇格は確実、名声も手に入る。
だが、ルクスの胸にあるのは期待ではなく、言葉にできないざわめきだった。
「確認か、ルクス。」
背後からかけられた声に振り返る。
そこに立っていたのは、鋼の鎧を身にまとった金髪の男――ガルヴァン。
彼はルクスの所属する四人パーティのリーダーであり、剣技と統率力を併せ持つ実力者だ。
「この任務、俺たちに回ってきた。……ついにだな。」
「……ああ。準備は整えてある。罠の配置も予測済みだ。」
「流石だな、補佐役。お前がいると安心できる。」
言葉は肯定でも、どこか空虚だった。
ガルヴァンの目は笑っていたが、その奥に宿るものは読めなかった。
昔は違った、もっと率直な信頼があったはずなのに。
彼の背後には、魔導士のロカ、斥候のゼド、そして治癒士のユレイラが並ぶ。
かつては皆が対等だった。ルクスの提案に真剣に耳を傾け、意見を交わし合っていた。
けれど、ここ最近は――。
「ルクス。」
名を呼ばれて振り返る。ユレイラが、柔らかく微笑んでいた。
月光のような銀髪に、透き通るような水色の瞳。
いつも穏やかな声で、パーティを和ませる存在だった。
「今夜、作戦会議があるの。来てくれる?」
「ああ。必要な装備の確認も済ませておく。」
「ありがとう。でも……その役割、今日からロカに引き継ぐって話になったの。魔導石は彼に渡してね。」
「……分かった。」
彼女の微笑みは変わらない。
けれど、その言葉の背後にあるものが、じわりと胸を締めつけた。
表面は丁寧でも、もう“共有”されていない。
気づけば、役割は少しずつ削られていた。
任務前夜。
ルクスは宿の部屋にこもり、無言で装備を点検していた。
机の上には地図、記録用魔導具、罠解除キット、そして戦術符。
「……必要ないのか、俺は。」
低く、ぽつりと落ちた声が部屋の静寂を満たす。
記録と分析に徹し、誰よりも迷宮の構造に詳しいという自負があった。
けれど、仲間の目はもう、自分を見ていない。
信じたい。信じていたい。
この数年、命を預け合ってきた仲間たちだ。
どんなに些細な違和感も、きっと自分の思い過ごし――。
だが、それを言い聞かせるほど、不安は輪郭を帯びていくのだった。
/////
翌朝。王都地下に広がる迷宮へと続く転移門の前に、パーティの四人が集っていた。
結界魔法の調整を終えた係員が頷き、魔力の揺らぎが転移門の表面に現れる。
「出発だ。」
ガルヴァンの号令で、一行は門の中へと足を踏み入れた。
転移の瞬間、視界が白く染まり、次に目を開けたときには第五階層の入口に立っていた。
分厚い魔石でできた壁、低く響く水音、空気には鉄錆と血の匂いが混ざる。
「ゼド、先行偵察。ロカは魔法陣の用意、ユレイラは後方支援。……ルクスは後衛で記録を頼む。罠の感知もできるなら、な。」
事務的に言い渡された役割。
その中で、ルクスの担当は最も“代わりが利くもの”だった。
記録、罠の報告、危険信号の設置。
戦闘にも、戦術にも、直接は関わらない。
「……了解した。」
自分が受け持つべきだった“陣形の指示”も“補助魔法の配置”も、今は他の誰かが担っていた。
それでも、自分は仲間だ。
そう信じていた。
いや、信じようとしていた。
最奥部を目指して進む一行の中で、ルクスは一人、沈黙を守り続けた。
魔導具で周囲の魔力の流れを確認し、刻々と記録を取っていく。
だが、歩を進めるたびに、胸に広がる重みが消えなかった。
「何かが……おかしい。」
彼らの歩調は、異常に整いすぎていた。
無駄がなく、まるで訓練された兵士のよう。
それはガルヴァンの統率力でも説明できるものではない。
“ルクス抜き”での準備が進んでいたとしか思えなかった。
思い返せば、ギルドの面談も、昇格試験の準備も、すべてガルヴァンが取り仕切っていた。
気づかないうちに、自分はすでに“輪の外”だったのではないか。
――もし仮に、自分を切り捨てるために今回の任務が用意されたのだとしたら?
そんな思考を振り払うように、首を振る。
信じたい。
仲間を、あの笑顔を、過去の戦いを。
それでも、湧き上がる疑念は、どこかで確信めいていた。
罠の気配を感知したルクスが警告を発する。
「前方五メートル、魔力反応あり。迂回を推奨する。」
だが、ガルヴァンは振り返らずに歩き続けた。
「無視しろ。時間が惜しい。」
「……っ、待て、そこは――!」
警告が届く前に、ガルヴァンが踏み込んだ。
直後、床がきしみ、魔法陣が展開。
激しい閃光と衝撃が走る。
粉塵の中、ロカが防御魔法を即座に展開し、ゼドが身を伏せた。
ユレイラがガルヴァンに駆け寄り、治癒魔法を行使する。
――自分の存在など、最初から必要なかったかのように、連携は完璧だった。
ルクスは一歩後ろで、その光景をただ見つめていた。
「俺は……必要ないのか……。」
その言葉が、かすれた喉から零れ落ちた。
違和感は、もはや確信に変わっていた。
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また、神への叛逆ファンタジーである第一作、【反律神禍の模倣者 】もよろしくお願いします。