寡黙な店主とリグオンのラーメン屋
工場街の入口の前に、うまい!とだけ雑に書かれた赤い看板がある。
ラーメンタカハシの朝は早い。
工場へ向かう職人たちの朝ご飯として。夜勤帰りの腹を満たすために。 昼営業が終われば閉店する。
そんなタカハシは今日も変わらぬ手順で店を開ける。
沸騰させず、濁らせず。澄んだ鶏スープを目指して火をつける。
同時に、ネギ刻みとチャーシューをスライスする。翌日以降に使うメンマも水につけ戻しておく。
以前は麺とスープだけのストロングスタイルだった。
だが、流石に不評だった。
赤い目の人だけがまだそれを頼むが、スープを飲み干してはもらえない。
理想は、スッキリした塩味、濁りのないスープ。それだけで、商売がしたい。
だが現実は違う。
チャーシューがないと文句を言われ、ネギくらい乗せろと怒られる。
メンマが乗ってないと「メンマはどこで活躍すればいいんだ」とすら言われる。
タカハシには邪道に思えるが、商売だから仕方ない。
続けるには、自分を押さえることもある。
それでも、究極の“スッキリ”を目指す気持ちは捨てていない。
キッチンのさらに奥で地獄の窯のように、沸騰する鍋がある。
タカハシの身体ごと入りそうなほどの寸胴鍋には、 野菜と鶏ガラがふんだんに詰め込まれている。
タカハシは不本意だが、当店の一番人気メニュー
『チキン野郎ラーメン』
腰抜けよばわいとは裏腹に、ガッツリもやしと分厚いチャーシュー、平打ちの面が鶏白湯を絡ませる。
「お前は完食できるのか、おいおいニンニク足せよ!このチキン野郎!」
とんでもないメニュー表がある。俗にいう次男坊系である。
1週間の限定メニューだと考えていたのだが、大人気で看板メニューとなった。
匂いと熱が籠る中、長時間沸騰させ続ける。
そこにかき混ぜ棒を突っ込み、一定のリズムで撹拌を続ける少女がいる。
顔は人間のようだが、エプロンの後ろ背中から下は明らかに機械だ。
白い長靴はスープの跳ねで染まり、毎日の労働を物語る。
少女型リグオン。 本来なら、タカハシが個人で所有できるようなものではない。
だが、商業街の狸に似たおじさんが、「チキン野郎ラーメンを作り続けること。俺は生涯無料」を条件に、貸し出してくれた。
実際、リグオンの手がなければ、あのラーメンを出し続けることはできなかった。
狸のおじさんは月2回くらいリグオンの顔を見にくる。
そしてチキン野郎にニンニク爆盛りで平らげていく。
お腹の調子で月2が限界らしいが、たまに爆食したいらしい。
そしてそれは、タカハシの本意ではないにも関わらず、店の看板メニューになっていた。
おかげで店が維持できるのだ、不本意でもありがたいことだ。
おじさんに味玉サービスすると。
「俺をチキン野郎扱いか!この野郎」と言って平らげていた。
多分限界1歩手前だったのだろう。無理はしないでほしい。
サービスが裏目に出てしまった。
昼、商業街からの客も来る。
「レアチャーシューもうまいだろ。俺はあっちが好きだけどな」
「レアってのは何?。火が通ってないってことじゃないの」
「じゃあ鶏チャーシューは? 鳥でチャーシューって、なんか変じゃない?」
「チャーシューの正面ってなに?盛り付けのこだわりはわかるけど正面?」
(レアチャーシューは低音だがゆっくり火を通して衛生的に問題ないものだ、鳥チャーシューは同意だが、そもそもチャーシュー自体焼 いてないことが多い。正面というか上下はあるよ。)
色々突っ込みたいが、タカハシは口にはしない。それぞれで楽しんで欲しいからだ。
男二人がチャーシュー談義をしている間に、 一緒に来た小柄なドワーフの少女は無言で「チキン野郎ダブル」にいただきますをしてる。礼儀正しく食べ始める。
あの子、最近良く来るな。
休憩時間。 出来上がった鶏白湯を濾す。 一滴でも無駄にしないため、全身で重さをかけて絞る。
スープとは何かと問いたくなるほど、濁っている。 重労働だが、この作業は人に任せない。スープの状態と異物混入が怖いからだ。
信用してないわけじゃない。言い訳したくないだけだ。
リグオンならもっと楽にできるだろうが、かき混ぜてくれるだけで十分だ。
リグオンは静かに水を飲む。 昼のピークも終わり、今日はもう店じまい。 夜は飲み屋たちに任せる。
タカハシは濾し終えたスープを片付け、麺を打ち始める。平打多加水縮麺 。リグオンはその様子をしばらく見つめてから、黙って掃除を始めた。
……それにしても、リグオンっていくらするんだろうな。
タカハシは、ふと思った。
さて、明日も忙しそうだ。
当店は1人と1体で回しております。提供は順番にお出ししますのでお待ちください。
髪留めと、エプロンはご自由にお使いください。
黙って食えとは言わないが、食べ終わったらお早めに席をお譲りください。
ラーメンタカハシ、営業中です。
すみません。餃子はやってないんですよ。チキン野郎ラーメンニンニク入れますか?
あれ系のラーメンは月1ぐらいで食べたくなります。
ノアの日常は不定期でポツポツやっていきます。
それでは本編もよろしくお願いいたします。