『火室前の灰かぶり』
「やっほ~、セラですっ♪
ノアの駅で、今日も誰かが働いてる。
火室の前で――無言で火をくべる、あの子もね」
蒸気で発展した都市ノア。
機械人形と、さまざまな人種が共に暮らすスチームパンクの街。
これは、リリやナツメと同じ時間軸の、ほんの一コマ。
今日は、鉄道会社で働く“彼女”のお話。
ノアの駅は賑わっていた。
決して安くはない運賃だが、蒸気機関車はこの街の物流と生活を支える。
駅は獣人も人間もドワーフも入り乱れ。鉄道会社のリグオンも少数だが見ることができる。
鉄と油の匂いが満ちる火室の前。
帽子を深くかぶった少女が、無言でコークスを放り込む。
赤熱した鉄の口が、ぱちぱちと火の粉を跳ね上げた。
アッシュ、と呼ばれるそのリグオンは、黙々と任務をこなしていた。
制服の袖から覗く腕は、人の形をしていながら、皮膚を持たなかった。
鈍い光を帯びた金属の手が、スコップの柄をしっかりと握っていた。
その動作に無駄はない。熱も、痛みも、感じていない。
長ズボンの裾からは足が見える、その足元には靴がなかった。
無骨な床板の上に、むき出しの金属の足先が据えられていた。
かつて戦場で踏みしめた大地とは違う、平和な鉄路の上。
払い下げ品――それでも頑丈な、剥き出しの足。
感情を持たぬ兵装、あるいは持つ必要のなかった少女。
汽笛が鳴った。 その音に、誰よりも早く反応したのは彼女だった。
アッシュはスコップを置き、手綱のようにバルブを捻る。 汽車が動き出す。
■鉄道会社の日常
職員詰所
「アッシュの手足、金属剥き出しなのに……顔だけは綺麗なんですね」
「なんだ、新入り、惚れちゃったか?」
「リグオンはリグオンですよ。ただ、不思議に思っただけです」
「社長がな、言ってたよ。“看板娘になるから顔だけはちゃんとメンテしとけ”ってな」
「そんなとこに金使うなら、こっちの給料上げてくれりゃいいのに……」
作業場の片隅で交わされる、そんな会話。
アッシュの近くで聞こえていても、彼女はまるで気にしていない。
というより、気にした素振りなど、最初から存在しない。
アッシュ以外のリグオンたちも同じだった。
荷物を運ぶ、旧型のドラム缶のようなものもいれば、簡易整備に回される機体もいる。彼女たちは“そこにいる”が、誰もそれを不自然とは思っていない。
職員たちは無遠慮だが、敵意はない。
「リグオンに仕事取られるって騒いでる人間もいるらしいぞ」
「汽車ができた頃も、似たような運動があったな」
「時代は進んでるから、そう言われても困るよな」
「そのうちリグオンが上司になる時代も来るかもな」
「……そのうちどころか、議会にリグオンいるだろ。リグレインだったか」
「リグオンとリグレインって、どう違うんだ?」
「さあな。でも、人間と見分けがつかないって話は聞くな」
「んじゃ、アッシュもリグレインになって――新入りと恋するかもな」
軽口と笑い声が飛び交う中、休憩時間が終わった。誰もがそれぞれの持ち場へ戻り、また仕事が始まる。
* * *
夕方。帰り支度のころ。
「なあ、新入り。悪いけど、五百でいいからカンパしてくれ」
一年が経ってもまだ“新入り”と呼ばれている青年は、少しだけ首を傾げたが、嫌な顔はしなかった。静かに五百を取り出し、差し出す。
「……誰か、退職されるんですか?」
尋ねると、先輩はちょっと困った顔をした。
「……明日になれば、わかるよ」
そう言って、そのまま去っていった。
明日は、新駅開通の試運転日。セレモニーも行われるという。
* * *
翌朝。職員詰所にて
「ほら、新入り、お前にもだ」
手渡されたのは、新品の靴だった。一年の節目に支給される“正規の一足”。これまでは古靴を借りてしのいでいた彼にとって、それは少し特別な重さだった。
けれど、ふと疑問が浮かぶ。
(この祝いに、俺も“カンパ”させられたのか?)
小さな皮肉が脳裏をよぎったそのとき、目の前の風景がすべてを塗り替えた。
アッシュがいた。制服の足元に――彼女にも、同じ靴が履かされていた。
ぴかぴかの新品。艶のある黒。みんなと同じ、同じ形の、それを。
アッシュは少し立ち止まった。ほんの一瞬だけ、わずかにこちらを振り返るようなそぶりを見せた。
まるで、「見ていてほしい」とでも言うように。
青年は、ふっと笑った。
そして、自分の足元をそのまま、アッシュの靴の先へと軽く当てる。
「……いこうか」
本編の世界の一コマとして、
あるいは、本編からちょっと脇に逸れた場所として――
この短編は、1本で完結する“ノアの日常”として書きました。
蒸気と歯車の都市ノア。
これからも、不定期に短編で“ちょっとした物語”をお届けできたらと思います。
ちなみに太もも分は……今のところ出す予定はありません。
いや、出そうかな。
多分出す。
まぁ、ちょっとは覚悟しておいてください。
あれAI靴は黒だよ。描き直し!タッチが変わる。このままだそう。
では、またどこかのスチームの向こうで。
今後とも、よろしくお願いします。