エピソード_52
「詳細は後で報告する。今は私の部屋で確認したい」
それを聞いた瞬間、レヴィの心臓が激しく鼓動を始めた。
ヴィクトールは、手紙を胸の内側に仕舞い込み、大股で自室へと向かった。
彼の後をエドワードが慌てて追いかけていく。
残された従者たちは、まるで嵐が過ぎ去った後のように、しばらく立ち尽くしていた。
やがて一人、また一人と持ち場に戻り始めたが、誰もが興奮を隠せずにいた。
「今更なんの手紙かしら?」
「きっと復縁の手紙よ。みっともなく旦那様に縋り付いているのだわ」
レヴィだけが、その場に釘付けになったまま動けずにいた。
(——あの女が、手紙を?)
血の気が引いていく感覚を覚えた。
アイリーンは何を書いてきたのだろう?計画がバレたのだろうか?
彼女の頭の中で、様々な可能性が駆け巡った。
他の侍女が言うように、ただの未練がましい手紙かもしれない。
もしかしたら、単なる近況報告かもしれないし、必ずしも自分にとって不利な内容とは限らない。
しかし、もしもアイリーンが真実を知っているなら——レヴィが彼女を陥れたことを知っているなら——この手紙は自分にとって致命的な内容かもしれない。
(…今更一体何を?)
レヴィは震える手で胸を押さえた。
冷静になれ、と自分に言い聞かせる。
一体、アイリーンは今どこで何をしているのだろうか。
屋敷を出て行ってから、彼女の行方は知れなかった。
あの我が儘で世間知らずの令嬢が、一人でどうやって生きていけるというのか。
金も地位も失い、頼る相手もいない——そんな状況で生き延びられるはずがない。
それなのに、今更になって手紙を寄越してくるなんて!
レヴィの顔は青ざめていった。
せっかく順調に進んでいた計画に、今更邪魔をしてくるつもりなのか。
ヴィクトールの書斎からは、まだ何の音も聞こえてこなかった。
「おい、いいか。」
どうしたものかと考え事をしていると、背後から声をかけられ、レヴィは振り返った。
そこにはエドワードが立っていた。
しかし、いつもの生意気な態度はどこにもない。むしろ、珍しく困惑した表情を浮かべていた。
「ちょっと来い」
エドワードは周囲を見回すと、人気のない廊下の奥へとレヴィを手招きした。
何かただならぬ様子に、レヴィは従った。
薄暗い廊下の角で、二人は向かい合う。
エドワードは懐から何かを取り出すと、レヴィに差し出した。
「これ、お前宛の手紙だろう?」
それは一通の手紙だった。
「——まさか、あの女から私宛に!?」
レヴィは思わず声を上げそうになったが、エドワードが慌てて人差し指を唇に当てて制止した。
「ああ。旦那様宛の手紙と一緒に届いたんだ。見つかったら騒ぎになると思って隠したんだよ。下手なこと書かれて、旦那様に読まれたら困るだろう!」
エドワードの声にも焦りが滲んでいた。
当然だろう。アイリーンを屋敷から追い出したことがバレれば、この男も同罪なのだから。
「あの女…!」
レヴィは手紙を受け取りながら、歯ぎしりした。
「一体何を考えているというの!」
手紙の重みが、妙にずっしりと感じられた。まるで鉛のように重い。
その中にどんな言葉が書かれているのか、想像するだけで胃が痛くなった。




