エピソード_51
午後の陽射しが庭園の薔薇に優しく降り注ぐ中、レヴィは膝をついて土に手を埋めていた。
白い手袋は既に泥で汚れ、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
屋敷の庭は常に完璧でなければならない。それは、この屋敷の鉄則だった。
しかし、今日は違った。
屋敷の奥から響く騒がしい声が、静寂に包まれた庭園の間で聞こえていた。
召使いたちの慌ただしい足音、扉の開閉音、そして何やら興奮した話し声。
まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
「一体何事よ」
レヴィは苛立たしげに呟き、土のついた手で額の汗を拭った。
手入れに集中しようとしても、あの騒音では到底無理だった。
彼女の神経は既に限界まで張り詰めていたのだ。
フォンテーヌ家への復帰を願い出てから、今日でちょうど二週間が経過していた。
嘆願書を提出した時は、せいぜい一週間もあれば返事が来るものと思っていた。
アイリーンに仕えていた10年間、一度たりとも大きな失態を犯したことはない。
むしろ、若い令嬢の我が儘を上手に制御し、社交界での振る舞いを完璧に指導してきたと陰ながら言われていたのを知っていた。
しかし、フォンテーヌ家からの返事は一向に来ず、使いに出した召使いが持ち帰るのは「検討中」という曖昧な言葉ばかり。
おそらく財政の問題だろう、と彼女は踏んでいた。
フォンテーヌ家は名門ではあるが、近年の経済状況は芳しくないという噂を耳にしていた。
上級侍女を雇い戻すには相応の給与を支払わなければならない。
それを躊躇しているのだろう——そう考えれば、この遅延も理解できなくはなかった。
「でも、ここまで長引くなんて」
レヴィは手にした小さなスコップを強く握りしめた。計画は完璧だったはずだ。
アイリーンを屋敷から追い出し、その後始末をつけてからフォンテーヌ家に戻る。
全ては順調に進んでいるはずだった。それなのに、この足踏み状態。
「じっくり準備をすればいい」
頭では分かっている。焦ったところで良い結果は生まれない。だが、理屈と感情は別物だった。
屋敷の中からまたも大きな声が響いた。今度は明らかにエドワードの声だった。
あの生意気な従者が何やら興奮して報告している様子が、庭からでも伝わってくる。
レヴィの苛立ちは頂点に達した。
庭の手入れどころではない。
このままでは集中できずに手を傷つけてしまいそうだった。
彼女は立ち上がると、手袋を脱いで腰のエプロンで手を拭い、屋敷へと向かった。
「せめて静かにしてもらわないと、仕事にならないわ」
廊下に足を踏み入れた瞬間、レヴィは複数の召使いたちが慌ただしく行き交う光景を目にした。
普段なら背筋を正してゆっくりと歩く彼らが、まるで火事でも起きたかのように走り回っている。
「何があったの?」
近くを通りかかった下女に声をかけた時、突然、屋敷の主が現れた。
ヴィクトールは普段と変わらぬ冷静な表情を浮かべていたが、その手には一通の手紙が握られていた。
「アイリーンから手紙が届いた」
ヴィクトールの声は、いつものように低く、感情を押し殺したものだった。
しかし、その言葉は屋敷中に響き渡り、集まっていた従者たちを一瞬で静寂に包んだ。




