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エピソード_49

月も雲に隠れた夜、風が吹き抜ける街の外れに、ひっそりと建つ、石造りの廃墟があった。

長く使われていないその場所は、壁面の蔦が崩れかけた装飾を呑みこみ、入り口の扉も半ば崩れ落ちている。


誰もいないはずのその場所に、何者かが近づいていた。


白銀の束ねた髪が、夜風に揺れる。月のない夜にもかかわらず、その髪はほんのりと光を帯びて見えた。

ゆったりと歩くその人物――その姿は、若い貴婦人のように見える。


廃城の入り口前で立ち止まると、銀髪の女性ははふっと口角を上げ、小さく囁いた。

「相変わらず、ここはじめじめとしているわね。」

手の甲で、石畳を軽く打つ。すると風が一陣吹き抜け、空間の歪みがかすかに波打った。

そして次の瞬間、女性の姿はすっとその場からかき消えた。

彼女は、秘密の入り口から内部へと滑り込んだのだ。


地下へと続く通路は細く、ひんやりとした空気が満ちていた。

彼女が進むごとに松明が自動で灯っていき、闇を切り裂くように道を照らす。

長く曲がりくねった廊下を抜け、いくつかの目印のような彫刻を確認しながら進むと、やがて一つの広間へとたどり着く。そこに二人の男がいるのを、目に留め、女性は立ち止まった。


中央には円形の石卓が置かれ、その周囲に数脚の椅子が並ぶ。その中のひとつに、ローブを被った男が静かに腰を下ろしていた。

フードで顔は見えないが、溢れた美しい金の髪と、その姿から、ただ者ではないことがわかる。

そして、隣には、剣を帯びた目つきの鋭い男が控えていた。彼の護衛の役目を担っている者のようだった。


「……来てくださって、ありがとうございました。」

ローブの男が口を開いた。声は若いが、どこか凛とした品があった。

「私もあなたに会えるとは思わなかったわ。正直、来るかどうか、最後まで迷っていたのですから」

女性は微笑んだが、その目には警戒の色が消えていなかった。

「お会いできて光栄です、王国最高の魔術師、ヴァイオレット様。」

「その呼び方はやめて頂戴。」

ヴァイオレットと呼ばれた女性は、部屋へゆっくりと足を踏み入れ、真正面からその人物を見据える。

「私は今はもう何者でもない老耄よ。申し訳ないけど、明日も人に会う予定があるの。なるべく早く済ませて頂戴。」

そう言われると、男はふいに話題を変えるように、さりげなく言った。

「そういえば、先日は、ヴェロニカ様のパーティーにも同席させていただきました」

ヴァイオレットの目がすっと細くなる。

その名をここで持ち出すとは――やはり只者ではない。

「そこで、懐かしい顔を見かけたのですが……。彼女のことは、あなた様も、ご存知で?」

その言葉には明らかに“試す”意図があった。

おそらくヴァイオレットの反応を見て、何かを読み取ろうとしている。

だが、ヴァイオレットは微笑を崩さず、逆に一歩前へ進みながら静かに答えた。

「もちろん。でも、個人の情報を話すわけにはいかないわ」

その口調はやわらかだが、冷たさを感じさせるものだった。

男は肩をすくめ、少しだけ笑った。

「ふふ、そうですね。僕はあなたを敵に回したくありません。」

会話はあくまで穏やかだが、二人の間を緊張感が包み続けていた。

「単刀直入に言いましょう。私の国のあちこちに“種”を蒔いている男がいる。その男について、あなたに話を伺いたい。」

ヴァイオレットの表情が、ほんのわずかに曇った。

「…それは、あなたのご両親とあの男の関係を知ってのことかしら。」

「もちろんです。」

ローブの男は強い口調で言った。

暗いローブの隙間から、青く美しい瞳がヴァイオレットにも見える。

そしてその瞳は、怒りにも似た、鋭い光を放っていた。

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